さて「死刑廃止論行脚」5件目は・・・
華氏さん宅近くの公園を後にした麗子さまご一行、車を走らせている。窓からは、同じような形をした小さな家が積み木のように並ぶ宅地風景。
「まあ。ずいぶんと玩具みたいな家並みね。」そのなかでもひときわ玩具めいた(ピンクの壁に赤い屋根の四角いお家)の前で車は止まる。
玄関を開けて小さな土間をまたぐと、応接間も無く、すぐに「生活スペース」へと通されアゼンとするお嬢様。
「ようこそ。気取っていても仕方ないと思って、あえて普段どおりです。」と、リプトン印の紙のついたティーバッグが入ったストレートティーをお盆に乗せて持ってくる住人「ぷら」。一応「上流階級は紅茶」という思い込みのもと気遣いはしているものと思われる。(ちなみにこのティーバッグは当然再利用される)
お嬢様ご一行部屋を見渡ししばし絶句。「これが噂のコレクタールーム・・・・」壁にも棚にも、床の上にも、無数の「ハードプラスティックドール」や古い縫いぐるみが、所狭しと並べられている。
麗子 「わたくし、大勢の瞳に見つめられて、何だかクラクラしてきましたわ。それにこの狭さ・・・」
すかさず、「いや~ここ来た人は、皆そう言うんですよ~。ワシなんかは、顔の付いたものに囲まれてると、なんかこう、落ち着くというか、癒されてしまうんですけどね~。」と、ぷら。
ふと目をを横にやると、そこには手、足、頭、胴体がバラバラになった人形たちが。
ぷら 「ああ、それはこれから、古くなったパーツを付け替えて、きちんともとの形に戻すの。ぼろぼろになった人形を、少しでも当時の状態に近付けるのも楽しみの一つでね。」
麗子 「人形は、昔からお好きですの?」
ぷら 「子供の頃から人形には癒されていたよ。でも、接し方は今と180度違っていたけどね。」
麗子 「と、いいますと?」
ぷら 「子供の頃はね、人形を壊すのが趣味だったの。」
早口でぷらは続ける。(どうもこの人、自分のトラウマについて語りだすと周りが見えなくなってしまうらしい。)
「今でこそ初対面の人にもタメ口のワシだけどね~。ワシの両親は、それはそれは躾の厳しい人たちで・・・家族の中でも敬語使うことを強制させられてたよ。母親にも、言う事聞かないとしょっちゅうピシピシたたかれてたなあ・・・。口答えするんじゃありません、屁理屈には聞く耳持ちません、って、反論も全く受け付けてくれなくてねえ・・・ものすごいストレスだった。で、それを何で発散してたか、つうと、人形。」
玲奈 「当時はバービーちゃんとかタミーちゃんとか、リカちゃんとかが流行ったのよね。」
ぷら 「そうそう。それで、ワシもけっこう沢山持ってて。で、身ぐるみはがして、髪の毛引きちぎって、手足、首をもぎ取って土に埋めたりして遊んでた。何か、『こうしなきゃ気がすまないっ』って感じの、強い衝動で。母の手作り布人形なんかも、変形するまで引っ張ったり、何度も何度も壁に叩きつけたりしてね。で、人形に向かって、母が私に言ったことと同じセリフを言ったりして。人形に『私』を投影してたんだね。自分がやられてるのと同じ事を、人形にやって辛うじて精神のバランスを保っていたような・・・・。」
玲奈 「うわ・・・ぷらさん、自分が苦しめられたら誰かほかの人に復讐したい、という情動を生々しく経験したのですね。」
ぷら 「自分でもあの頃振り返るとぞっとするよ。だって、『壊したい』って衝動が、人形から小動物へ、最終的には人間へと向かって行ってたからね。たまたまワシが女で『非力』(ナイフ振り回して大量殺人するほどの体力がないという意味で)だったことと、ギリギリのところで、友人や恋人の存在が家族というトラウマから開放させてくれたことが幸いして殺人犯にはならなかったけど、10代の頃は、かなりキワドイ心理状態だったと思うよ。だから、殺人犯の心理もわからなくはないんだ。」
玲奈 「みんながみんなこういう経験を持っているわけじゃないけど、『こんな奴は死刑にしろ』とつるし上げにする前に、その犯罪者の背景を理解しようとつとめることは必要ですよね。」
ぷら 「でも、凶悪事件が起きると、母が言うのよ。『ホントにひどい!こんな犯人、死刑にしても足りない、私が被害者の親だったら、犯人の目玉をくりぬいてなぶり殺しても足りないくらいだ。』ってね。正義感に燃えた、激しい母だった。で、その激しい正義感のために、我が子ががんじがらめになってるって事にも、全く気付いてない。でも『良い子』を演じる事が板についてたワシは、もう反論する気も無くて、笑顔で『そうね。』と答えつつ、心の中では、『その鬼畜殺人犯とオマエの可愛い娘は、もうすでに紙一重だよ~~ん!残念でした!』と、舌を出していたものだ。(爆)」
玲奈 「うわ~ぷらさん、瞳孔開いてきちゃってるよ。大丈夫かなあ?お嬢様をここにお連れしたのは失敗だったかしら?」
麗子(小声で) 「ばあや、私怖いわ。」
ばあや 「お嬢様、もうすこしお話を聞いてあげましょう。言いたい事言い尽くしたらたぶん落ち着くのではと思いますよ。こういう珍しい人の存在を知るのも社会勉強の一部です。」
ぷら 「同じ小学校に、親に酷い虐待を受けている男の子が居てね、うちの場合は主に言葉の暴力とストレスだったけど、その子の場合は体罰。いつも生傷が絶えなくて、おどおどした感じの子だった。殴る蹴るの他にも、煙草の火を押し付けられたり、水のお風呂に入れさせられたりしてるんだ、などという噂がまことしやかに流れていて・・・にもかかわらず、誰もその子を助けようとしなかった。
それからだいぶたって、近くの町で女の子が殺された。犯人がその男の子だと知ったとき、『やっぱり』と思うのと同時に、『それでも彼も被害者なんだ』という気持ちが、どうしても消えなかった。『彼は、自分が親にされたことを、自分より弱い子供にしてしまったのだ』って。」
ばあや 「ぷらさん、その男の子にご自分を投影なさったのですね。」
麗子 「ぷらさんにとっては凶悪犯とて被害者。だから死刑には反対なんですのね。」
玲奈 「バダンテールが演説で、こう言っています。
『犠牲者の不幸と苦しみについては、それを引き合いに出す人々よりもずっと、私は自分の人生の中でひんぱんに、その影響の広がりを確かめてきました。犯罪が人間の不幸の遭遇点であり地理的場所であるということを、私は誰よりも熟知しております。犠牲者自身の不幸と、それ以上に、犠牲者の親族や近親者の不幸があります。また、犯罪者の親族の不幸もあります。そして、たいへんに多くの場合、殺人者の不幸もあります。そうです。犯罪は不幸であります。そして、感情、理性、責任感ある男女には、まずその不幸と闘おうと望まない者はいないのです。』
って。死刑にすることが本当にその不幸と闘うことかどうか、想像力を精一杯はたらかせなければいけませんね。ぷらさんの話のおかげで、少し実感できたような気がします。」
ぷら 「そう、『殺人者の不幸』は必ずあると思う。凶悪犯罪を起こすような人格が出来上がるのには、かならず原因がある。それを解明する事こそが、これから起こりうる犯罪を事前に防ぐ事にもつながるんじゃないか、って、まず考えてしまうなあ。
とはいえ、やはり殺人は罪だから、罰を受ける必要はある。ただ、その罰として死刑はふさわしくない。自分の経験からしかものが言えないけど、無差別に人を殺したくなるほど追い詰められた人間は、自分が死ぬ事も怖くない。現に私自身、殺したい衝動と、自殺したい衝動は常に表裏一体だったし。そしてどうせなら『派手に死にたい』とまで願っていた。
だから、池田小の事件がおきて、宅間被告が『自殺するつもりでやった』と発言したときも、やはりこういう人物があらわれてしまったか・・・という思いは否定できなかった。悲しい事だけど・・・。あと、テロリストなんかも、殉教は名誉な事なんだから、死は恐れないよね。
だから、自暴自棄で死を望む人間にとっては『終身刑』のほうがよほど怖いんじゃないかなあ。人間性が戻ったときに、自分の罪と向き合わなければならないから。自由を奪われた上に死ぬ事もできず、いつかどこかで、必ず自分の犯した罪を悔やむ時が来るから。その瞬間は死よりも苦痛だと思う。」
ばあや 「バダンテール演説には
『彼らの行為がどれだけ恐ろしくどれだけ憎むべきものであろうとも、完全な有罪性を持ち永遠に完全な絶望の対象にならなければならない人間はこの地上にはおりません。』
という言葉もあります。凶悪犯だって、子どものことはそうではなかったと思います。凶悪な犯罪者に人間性を見ようとする努力をせずに死刑にするような社会は、犯罪者でない人々にも冷たいんじゃないかとも思います。」
麗子 「生まれながらの悪党はいないわけですね。バダンテール『そして、死刑は廃止された』という本には、極悪犯として裁判にかけられた者たちのことも書いてありますが、根っからの悪人はいないように思いましたわ。」
玲奈 「人間を信じないで、死刑制度を残していると、人心がますます荒れていくように思います。」
ぷら 「加害者には、刑務所の中で、とことん自分と被害者に向き合ってほしい。何故自分がこのような人生を歩むに至ったか、なぜ罪を犯したかを、一生をかけて考え抜いてほしい。そして生きているうちに本心からの謝罪の言葉を語ってもらいたい。それこそが、被害者やその家族をも救う事になると。人は変われるという希望も込めて・・・・・。結局、ワシは人の心の可能性を信じたいのかも知れない。」
ばあや 「人は絶望を乗り越えたときに必ず変われると、ぷらさんは信じていらっしゃるのですね。」
ぷら 「お、さすが年の功!わかってらっしゃる~(^^)ってことで、麗子お嬢様、今のワシはぜんぜんコワくないっすよ~。」
玲奈(冷めた紅茶をすすりながら) 「トンデモない人のところへ連れてきちゃったかな~。」と内心苦笑。
ぷら(人形をさすりながら) 「だからまあ、今はこうやって壊れた人形を、元に戻す作業に癒されたりするワケなのだ。
箱入りでほとんど遊ばれていない人形は、髪や衣服の乱れもなく顔も美しくて、そりゃあコレクターの憧れだよ。でも、どこかが欠けていたり、髪の毛やまつげが取れちゃってたり、目玉が中にずれて落ち込んでるような、ほとんど死体のような状態でやってきた人形を修復している時が、一番人形に感情移入している時かもしれないなあ。
ただの『モノ』に向かって、『まっててね、今もとに戻してあげるからね、もとの愛される姿にして、幸せだった頃に戻してあげるからね。』ってつぶやきながら、ヤスリをかけたり、セメダインでくっつけたり、ボディーの内側に手を突っ込んで、目玉やゴムを固定したりする。
人形を再生する作業を通して、過去に壊した人形達とともに、私のタマシイも癒されるっていうか・・・今まで失ってきたものの一部を、人形を修復する事で取り戻してるような、そんな感じなんだなあ・・・。」
玲奈(心の中で) 「やれやれ。すごい感情移入。さすが人形オタクね。」
麗子 「ぷらさん、この人形の量・・・失ってきたもの、ずいぶん多うございましたのね。(やや引き気味)」
ぷら 「調子に乗って、もうちょいうんちくっちゃって(ウンチ食っちゃってじゃないよ、薀蓄っちゃってだよ。)いいかな?・・・・姿かたちの可愛らしさと珍しさで集め始めたハードプラスティックドールだけど、ある時イギリスの売り手さんから、興味深い話を聞いたんだ。」
3人 「ふむふむ」
ぷら 「もともと初期のプラスティックって、飛行機や銃などの部品に使われていたんだって。それが、第二次世界大戦が終わって武器の需要が減って、大量に余ったプラスティックをどうしよう、って事になったとき、その有効利用の一部として誕生したのがハードプラスティックドールなんだって。」
玲奈 「だからハードプラスティックドールは1945年以降に米英でさかんに作られるようになったのね。」
ぷら 「そうなの!万一戦争が長引いていれば、ワシら日本人を殺す道具になってたかもしれない素材が、こうやって子供を楽しませる人形に生まれ変わったなんて、劇的でしょ?!その話をきいて、ワシはますますコイツラが好きになったってワケ。しかも、『人を殺すものが人を喜ばせるものに生まれ変わる』なんて、まるで生まれ変わったワシみたいじゃん。」
麗子 「素敵なお話ねえ。人形の世界から人間の世界を見せていただきました。ぷらさん、私、貴方を少し誤解していましたわ。」
ばあや 「お嬢様、やはり『違う世界』へ来てみた甲斐がありましたね。」
麗子 「違う世界といえば、外国はどうなのかしら。そういえば、何年か前に死刑廃止が取りざたされた韓国は今どうなんでしょう。
そうだ、ハムニダ薫さんというお姉さまが韓国にいるじゃありませんか。麗子、韓国に行きたいわ。韓国料理も食べたいわ。」
玲奈 「それはいい考えです、麗子さん。ばあやさん、いいですよね。」
ばあや 「そうでございますね、お嬢様の勉強になるのでしたら。」
玲奈 「そういえばお腹がすいてしまいましたね。あのかた、喋りっぱなしでしたから・・・・。」
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