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2006年6月24日 (土)

フラッシュバック

「太田光の私が総理大臣になったら」。
極端なマニフェストに失笑する事も多く、ストレスになるのであまり観ていなかった「太田総理」だが、昨日はたまたまマニフェスト以外のネタで「小泉政権は是か非か」みたいな討論をやっていた。最近はポスト予測の影で廃人みたいになってる小泉総理だが、ここであえてスポットを当てる試み、案外面白かった。

小泉総理に反対派は、爆笑問題の太田を筆頭に、ラサール石井、もと○○(裁判官?検事?弁護士?ゴメンわかんなくて)の白髪のおじさま、民主党の原口議員、社民党からは福島瑞穂と辻本清美、反統一協会でもナゼか安倍ちゃん擁護の有田芳生、ジャーナリストの岩瀬さんという人、「エロテロリスト」インリン、コメディアン「ますだおかだ」の濃い顔の方の岡田、虎武竜の高橋ジョージとかいう人。

賛成派は、自民党から石破茂元防衛庁長官を筆頭に、コワモテ甘利明と眼鏡が顔の一部の大村秀章、金美齢、個人的に山本一太と同じオーラを感じるケビン・クローン、性格はイイと思うが血は争えないのか石原良純、野村サッチーと同じ穴のムジナぽい浅香光代&デヴィ夫人、巨乳だかデブだかわからない根本はるみ、「東京大学物語」の頃は好きだった漫画家江川達也、男見る目ゼロの「くらたま」こと倉田真由美元カリスマホストらしいが魅力ゼロの城咲仁、「ますだおかだ」の今回初めて存在を知った増田の方。

↑ この書き方見たら私が「小泉さんキライ」なのみえみえだね・・・(爆)

太田総理は最初から飛ばしまくり。「ガセネタで始めた戦争を支持して、ブッシュが大量破壊兵器がなかった事を認めた後も、小泉さんはきちんとコメントしてない。」
「僕は戦争そのものを否定したい。良い戦争、悪い戦争なんてない。60年前の戦争は、植民地にされないためには仕方がなかったっていうのはわかる。でもあの頃「八紘一宇」って言われて、ユートピアを目指していたのと、今アメリカが言ってる「自由の拡大」って言うのとどこか似ているように感じる。」
「911のテロで多くの犠牲を出したアメリカが「テロとの戦いに屈しない」っていうのはまだわかるけど、小泉さんがそれを口にすると、アメリカのパクリにしか聞こえない。重みが違う。」
「テロとの戦いって言うけど、相手が国家でないのにどうやって終わらせるんだ。」等々。
ビデオに撮っているわけでもなくほとんど酔っ払い頭のヒヤリング状態だから、細かい言葉や語尾は違うと思うけど、大体そんな事を言っていた。
辻本清美か誰かが「テロとの戦いで逆にテロは増えた。」
インリンが「言葉で解決するのが政治の役目。」と言っていたのも印象的だった。

う~ん、皆様、ブッシュ、小泉批判となると、燃えるのね。
しかも、こういう討論を、日本テレビのゴールデンタイムのバラエティーで放送するっていうのも、なかなかスゴイ。(ナベツネさんの方向性と関係あるのだろうか?)

ところで小泉擁護ゆえ親米タカ派だと思い込んでいたし、バリバリの改憲派で性悪説をもとにした論調が多いのであまり好きではない石破さんが、民主主義について、「人権が守られ、全ての人が飢えに泣かず、医療の保障があり、言いたい事が言えて、国家権力から国民が守られている事」をあげていて、中国北朝鮮に対する批判を込めての発言だったのかも知れないけど、本心で言っているなら「敵ながら天晴れ」ってところだ。今後の政策についても、「アメリカべったりはやめるべき」とキッパリ発言してたし、その部分においてはナイス。

それに比べて、他の小泉支持者のナサケなさ。(編集でカットってのもあるんだろうけど)
ケビンとかいう人は、イラク戦争について「警察国家アメリカのガサ入れ」くらいの認識しかないようだし、元ホストは「小泉さん若い子に人気だし。」と、まるで自分とダブらせたような発言しか出来ないし、ヨシズミは「政治家にはカリスマ性が必要」とファザコンぶり全開だし、「駄メンズ」ばかりしか見てなくて目が曇りまくったか?の、くらたまは「ラチの一件では活躍したし・・・。」とは言ってみたものの、「でも見た目でなんとなく支持してんでしょ。」と突っ込まれてニガ笑いする始末。
デヴィ夫人に至っては「戦後60年も経ってるんだから、いまさら、あ~た、そんなこと言わなくてもい~でしょ。」というようなことをのたまって、反小泉の原口議員に「その時の事をきちんと検証しないと、同じことをまた繰り返す事になる。」と怒られていた。

石破さんも、こんな「うましかさん」ばっかりが同じ方の席に座っていて、内心えらい迷惑だろうなあ。と「護憲派の同じ方の席に田嶋陽子が座っている(爆)」コトを思い起こしてしまった。
(ちなみに、同じ護憲派でも「無防備賛成派」から、「自衛隊は認めるがアメリカの正義の犠牲になるのはゴメン派」まで幅は広い。)

まあでも、はからずもこの構図に「B層戦略の実態」を見てしまったような・・・。(知らない奥様は「B層 小泉支持」で検索してみてネ。)小泉政権の終盤に向けて、一年前の苛立ちや焦りがフラッシュバックしたのだった。「郵政民営化は是か非かで投票させといてそれ以外の法案も通そうとするのでは・・・?」と当時から懸念されてたもんね。昨日太田も言ってたけど。

ホント、原口議員の言葉を借りれば「その時の事をきちんと検証しないと、同じことをまた繰り返す事になる。」
「人気があるから」「拉致問題では毅然とした態度をとっているから」「何となく見た目がいいから」「カリスマ性が大事」・・・そんな理由で次期総理決めちゃったら、それこそ国家権力の思う壺売り、ですよね。(爆)

↓ っつことで、今回はSOBAさん作成のバナーです。クリックすると動きます・・・ん?(もっと興味のある奥様は「安倍晋三 統一協会」で検索してネ。)

Hensinabejaabunai

その後観た「クロサギ」最終回、いまいち消化不良だったけど、「俺達はコマにすぎないのさ。」という台詞と、ヌカ漬けの素が実はスーパーで売ってるものだったと知らされた時の山崎勉の反応「・・・・だから人生は、面白い。」のキメ台詞と意味ナシなようで意味シンな勉サンの長時間アップ、イイ感じだったよ~~ん。
(今回チョイ軽め、次回はヘビーでいきまっしょい!)

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2006年6月23日 (金)

更新サボってすいません(^^;)

Dscn0749s いや~~~、大好きな「ケロロ軍曹」見るヒマもないくらいやること溜めちゃって~~~。
(って、この画像使いたいために無理やり言わせましたね・・・


皆様からの愛のあるTBにもなかなかお答えできず、ごめんなさい!
決して「トカトントン」モードになっているわけではありませんので、安心してね!

明日はひさびさの休みだ~~~~元高角三~~~!!

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2006年6月14日 (水)

カルトな日々

昼は学校、夜は家庭、日本に居ながら取り巻く環境は「キリシタン指数100%」で、優等生の演技をし続けなけらばならない私は忍耐の飽和状態に達してしまい、ある時、キレた!(その模様は後日中継)
で、いつしか「セックスピストルズ」と「時計仕掛けのオレンジ」大好きな、表向きはお嬢様、裏では「セックスと酒と暴力」にどっぷりつかったデストロイな生活をおくるようになる。

そして何の希望も持たず卒業し、社会人に。当時の精神構造をよくあらわす髪型、「セミモヒカン。」(80年代の「内田春菊」の漫画の中に出てくる「友沢ミミヨ」の髪型・・・って、マニアすぎてわからんか。)まあようするに控え目なモヒカンヘア。頭頂部をおろすとただのボブヘアになるので「常識ある」社会生活も可能だが、じつは隠れている半分がスキンヘッドな髪型。

しかし、そんな「乖離」した生活にも嫌気がさしてきた。恥ずかしながら、「恋」をしてしまったのだ。私は戸惑い、「この人にふさわしい自分」を取り戻すため、試行錯誤を繰り返した。そんな時、数少ない友人の一人から、「最近はまっている事があるんだけど、一緒に行かない?」と誘われた。以前はよく一緒につるんでいたのに、最近は、「ちょっとやらなきゃならない事があるから。」などと言われて、彼女においてけぼりをくらっていたのだ。

「実は今『聖書』の勉強しててさ~。貴方なら、クリスチャンの気持ち、わかってくれるかなあと思って。」恥ずかしそうに、彼女は言った。彼女とは以前から本や映画の趣味が合い、世の中の不条理に疑問を持つ彼女の「正義感」にいさぎよさを感じて尊敬していた部分もあるので、二つ返事でOKした。「聖書」について勉強できるというのも、魅力だった。この頃の私は、「家庭が不幸なのは、私が『キリスト教』というものをしっかり学んでいないせいではないか?」と思っており、この機会はまさに渡りに船と感じた。

親友に連れられて通うようになったその「聖書の勉強もさせてくれるカルチャーセンター」は、居心地のよいものだった。孤独な私を迎え入れてくれる家庭のような空間。ほんの少しの受講料を払えば、映画やビデオも見せてくれるし、学校では学びきれなかった聖書に関する「深い解釈」も教えてくれる。帰り際には松下由樹似のお姉さんが優しく声をかけてくれて、お茶とお菓子まで振舞ってくれる。他の生徒も若い男女ばかりでサークル気分。「私の居場所はここかもしれない」という思いで、通うのが楽しみになってしまった。

同期生の中には、「こんな難しい授業、何の意味があるのかなあ?かったるい」って態度の人もいたけれど、幼い頃に教会に通い、学校で聖書の知識も少なからず身につけていたためか、さほど難解に感じなかったばかりか、新しい発見の連続だった。その日に観た映画の感想文などを褒められるにつけ、学校では味わえなかった優等生気分に浸る事も出来る。

しばらく通った頃、今度は「合宿」に誘われる。「どこに行くかって事は、絶対家族や周りの人に言わないでくださいよ。」と釘を刺され、「??」と思ったが、もともと仲のよい家族ではないので、どうってことなかった。荷物をまとめ、行き先も把握せずにバスに乗る。着いたのは小奇麗で無機質な施設。「これから合宿が終わるまでは、外出も電話も禁止です。よけいな私語も慎んでください。」なんて事を言われ、「優等生のふりが得意」の私は、「そんなの朝飯前」とばかりにそれに従う。「聖書の新しい解釈」の授業では、ビデオテープに出ていた講師がナマで出演。けっこうなカリスマぶりにテンションあがりまくりだった。

一緒に授業を受けていた仲間のなかには、慣れない環境とぶっ続けの授業に、疲れをみせるものも居たけれど、もともと「苛酷な環境」に身を置くことに慣れていた私は、ぜんぜん平気だった。知らない人とペアになって「あなたの欲しいものは何ですか?」との問いが何度も繰り返され、それに何度も答えるという「自己啓発系」なカリキュラムもあって、隣の男子は涙を流しながら執拗に「女の名前」を連発しており、「はは~~ん、彼は失恋してここにきたのだな~?」などと推測する余裕が私にはあった。

しかし、授業の内容が深まるにつれヘラヘラした気持ちでいられなくなる。私たちは人類の歴史以来ずっと堕落し罪を背負っている「サタン」であり、そこから救われるためには「メシア(救世主)」に従わなければならない、という事がわかってきたからだ。

今までただの教科書と思っていた聖書が、徐々に事実を書いた歴史書のように見えてきて、私たちの生活そのものが神の歴史の大きな流れの一部のように感じ始めると、その壮大なドラマの中に参加して、未来に向けて作られるであろう新しい聖書の歴史に、マグダラのマリアのごとく12使途のごとく自分がいるような、恍惚とした気分になってきたのだった。

「メシアがこの時代のこのアジアに降臨されたこと、あなた方がここに居る事にも、意味があります。メシアが誰かは、セミナーが終わってからお教えします。」と、講師の意味深な発言とともに、合宿は幕を閉じた。解散して同期たちと駅に向かう途中の景色が、今までとぜんぜん違って見えた。派手な服装をして歩く若者、いちゃつくカップル、街に流れる恋愛ソングまでもが、ヘンに聞こえる。「何かみんな『サタン』に見えるんだけど・・。」同行者がつぶやいた。「私もそう思ってた。」見慣れた景色が、何だか薄気味悪かった。

次の日「センター」に行くと、今まで「いらっしゃい」だった挨拶が「おかえりなさい」になっていた。私にここを紹介してくれた友人が仰々しい感じで向かいに座り、「いままではお客さんだったけど、今日からは貴方は私たちの家族。だからもう、お菓子でもてなす事はしないけど、今度は貴方がここに来る人たちをもてなしてあげて。」というような事をいわれる。儀式的な行為に違和感を持ち、「これって宗教でしょう?」という問いが喉元まで出ていたが、「疑いを持つ事自体がサタン」だって言われそうだし、「宗教じゃない」って言うに決まってるので、黙っていた。

「センター」から出て、街を歩くのが、何だか怖い。誰かに見られているような気がするし、とにかく「サタンの誘惑」でいっぱいなのだ。何か大変な事が起きようとしているのに、誰にも相談できない。かといって、「センター」の人たちが100%信用できるわけじゃない。救いを求めて選んだ道なのに、結局はまた孤独なのだと苦笑して、たまたま上映中だった映画「イマジン」を観た。

それまでビートルズは知ってても、とりわけジョンレノンのファンでもなかったので期待していなかっただけに、衝撃的だった。全く、洗脳をとくために魂がここに向かわせたのかと思うくらい、今までのぼやけた視界がいきなりクリアーになるように、寺山修司の映画で薄暗い四畳半のふすまの向こうにいきなり大海原が開けるように、今まで自分のやってきた事がすべて間違っていた事に気付かされたのだ。

その次にセンターに行ったとき、私がする質問は、決まっていた。
「もしメシアが誰かを殺せと言ったら、貴方は殺しますか?」
その問いに、「殺人を肯定するようなメシアはメシアじゃない。」という答えが返ってきたならば、まだここに居ても良いと思っていた。しかし返ってきた答えは「メシアがおっしゃるなら従うしかない。」だった。これはアカン、学生時代のシスターと同じだ、と思った。

「貴方の祖先の罪を見てあげるから、次回は家計図書いてきてね。」といわれてそこを出たが、心の中で「二度と来るか。」とつぶやいていた。ぷっつりと足が遠のいた私を心配して、松下由樹もどきから何度も電話があった。「今度は手相を見てあげるから。」「宝石の展示会があるから、行かない?」やさしいかった口調が、しだいに激しく早口になってくる。ついには職場にまであらわれた。

そんなストーカーっぽい事を、しばらくやられて、誘ってくれた友人とも、気まずくなってしまった。友人は、「いっしょにやってきた子達も、まだみんな頑張って通ってるよ。」とも言っていたし、「桜田淳子や、政治家の安倍晋太郎なんかも、教義を受けているんだから信じて。」とも言っていた。私が聞く耳持たないでいると、「貴方にはわかって欲しかった。」といって涙ぐんだが、それ以上の強制はしなかった。しばらくしてから彼女から韓国土産と「メッコール」が届いた。いつの間にか結婚していたのだった。配偶者は私の知っている「カレシ」ではなかった。

霊感商法や合同結婚式、教祖文鮮明のスキャンダル等で、今となっては悪名高き「統一協会」であるが、そんな騒ぎがおきる何年か前、「宗教」に無防備な日本の善良な若者は、いとも簡単に、それと気付かずに、カルトにはまっていったのだ。「カルトの入り口は日常の一部」だと痛感した貴重な(?)経験だった。ヨガ教室が入り口だったオウムもそうだったのだろう。

そんなワケで、なげ~~~え楊枝、もとい前置きにつきあってくれて、ありがとう。
感謝を込めて、本題クリックして読んでね。↓ ポスト小泉候補国民的人気ナンバーワンのアベちゃんが、統一教会と仲良しっていう、ステキな情報の数々ざます。
この事実をマスコミが報道しないのも不思議だけど、
「過去のアジア諸国に対する日本の統治を侵略行為とし、特に韓国に対しては、歴史的に侵略、迫害して来たことを日本は国家的に償うべき」といういわゆる「反日」的な教義の統一協会と繋がっているアベちゃんが、なぜ一部の右の人に人気があるのかも、不思議だ~~。

●「薫のハムニダ日記」では、あべしが統一協会の合同結婚式に祝電を送ったホットな記事が読めますよ!「アベちゃんステキ」なんて言ってる奥様必読ざます!
http://hamnidak.exblog.jp/pg/blog.asp?eid=e0049842&iid=&acv=&dif=&opt=2&srl=3592823&dte=2006%2D06%2D08+17%3A04%3A00%2E000

●「カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの虚業日記」 安倍さんネタ充実してます~。http://d.hatena.ne.jp/kamayan/searchdiary?word=%2a%5b%b0%c2%c7%dc%bf%b8%bb%b0%5d

●「ウィキペディア」統一協会のページ。岸信介、安倍晋太郎、安倍晋三、三代でお付き合い?おおまかな教義についても書かれてて興味深いっす。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%9F%BA%E7%9D%A3%E6%95%99%E7%B5%B1%E4%B8%80%E7%A5%9E%E9%9C%8A%E5%8D%94%E4%BC%9A

って、↑「ウィキペディア」リンクできなくなってるよ。だからこっち↓ から入ってね。
スクロールして真ん中辺に「Wikiへのリンク」があります。必見です。
●「Hatena」統一協会
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%c5%fd%b0%ec%b6%a8%b2%f1

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2006年6月11日 (日)

トラウマ①

両親がプロテスタントなのに何故かカトリックの女子校に通わされていた。

母は「戦前の天皇制」には疑問を投げかける人だったが「美智子妃殿下(当時)」が大好きで、テレビで特集番組があると必ず観ているクチだった。たぶんその流れで購入したと思われる「女の子の躾け方」という本が、いつも本棚の一番手に取りやすい場所に置いてあった。(この本は、当時「浩宮さま」の養育係だった浜尾実さんの著書)

何気に手に取って斜め読みしてみると、「男女は肉体的に違うだけでなく精神的にも違う」ゆえに「女の子は女子校に通うべき」そして「女子校には清潔感がみなぎっていて、女の子特有のきめ細やかな目が行き届いている」とし、「清潔感はそこで生活する女の子の心にまで影響を及ぼす」と続いている。

そんなワケで、聖心や白百合への進学率も高く、OBに皇室関係者も多いその学校に入ったはいいが、何から何まで規則で縛られ、キリスト教の授業では心の中身にまで点数をつけられ、教師は学校の名前にばかりこだわって保身に回り、道を踏み外した生徒には「更正」でなく「退学」が待っており(悪い噂が立ってしばらくすると、「問題の生徒」は「何事もなかったかのように」いなくなっているというのが常だった。コワ・・・。)排除されたくない生徒はひたすら教師のご機嫌をうかがうしか道はない。

生き残るために「表向き良い子」に振舞うしかない現実は、心を病む子供や裏表の激しい子、ライバルを蹴落とすような陰謀をたくらむ子などを少なからず生み出した。
私には学校全体が「病んでいる」ようにしか見えなかったが、教師達は、わが校に不良が一人もいない事や、塵一つない校舎などを自慢していた。(そりゃそうだよな、臭いものにはフタだもん。)

とにかく、学校に洗脳された「良い子ちゃん」にとっては居心地の良い場所だったかもしれないが、私のような「隠れワイルド&アナーキー」な生徒にとっては「牢獄」のような場所だったのだ。だったら「脱獄」すればいいじゃないか、という声も聞こえてきそうだが、「哀れな」両親のために、それすら出来ないでいた。

学校には洗脳されなかった私だが、家庭には洗脳されていた。親の喜ぶ顔が見たい、両親を心配させたくないという純粋な理由から、私は一切の悩みを家庭に持ち込む事はなかった。学校でどんな疎外感にあっても、シスターに「悪魔」と言われて心を痛めても、いっさい親に話す事はなかった。

正確に言うと、「出来なかった」のかもしれない。

小さい頃、白い花をモデルにクラス全員で「お絵描き」をした。私はその花の中心部分が少し薄紫がかっているのを発見して、紫色の絵の具でぼかして描いた。すると「お宅のお子さんは、白い花を紫色で描いています。ちょっと精神的に問題があるのでは?」と、担任から親あてに報告があったらしい。よく観察してみれば、その花がただの「白」ではない事くらいわかったはずで、担任の無能ぶりもさることながら、そんな話を鵜呑みにしておろおろする両親の姿が、情けなかった。仮に私に「精神的な問題」があったとしても、取るべき手段はいくらでもあっただろうに、事もあろうに母は「もう紫色の絵は描かないで」と、いうような事を私にのたまったのだ。

その頃は子供の絵から心理を分析するのが流行ったのかもしれない。仮に「紫色の絵が子供のSOS」だとしたら、その色を使いたくなった子供の心理に寄り添うべきじゃないかと思う。なのに頭ごなしに「紫禁止令」とは・・・。臭いのモトを絶たずして香りでごまかす芳香剤のようなやりかたである。
しかし幼い私は、「こんな色を使った自分が悪いのだ」と、それ以来、紫は絶対に使わない事にした。結果、ブドウの絵を描くときにでさえ、意地になって青い色で塗るような「ゆがみ」が生ずるようになっていった。

同じような事は、父にもあった。小学校3年生位だったか、珍しく一緒にレストランに行って、カレーを食べた。それまでは家庭で作る甘口のカレーしか食べた事がなかったので、「このカレー、美味しいね」と笑顔で父の方を見ると、機嫌の悪そうなむっとした顔で私の言葉を無視しながら食べ続けている。レストランを出た父は私に向かって、「大声で『美味しい』なんて言うな、ふだんロクなもの食べさせていないと思われる。」と吐き捨てた。
めったにしない外食で、めったに本音をしゃべらない父から出た一言がコレだったのも、子供心に大変ショックだった。
今だったら、「この人は、子供の笑顔より、つまらない世間体をとる人なんだな。」と分析できるが、「パパ大好き」な私は、やはり親に恥をかかせた自分を責めていた。

そんなエピソードが幼い頃からたびたびあったものだから、「友達がいないうえに教師(学校ではシスターが教師)からは悪魔よばわり」なんて、おそろしい現実は、口が裂けても両親には言えないのだった。

・・・最近の教育基本法改定の流れなど見ていると、なぜか子供の頃の息苦しさが、戻ってくるのである。それでこんなエントリ。あいすいません。(^^;)

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2006年6月10日 (土)

趣味暴走<後編>

ヘンな家庭に育って一般的な思考が出来なくなっていた若かりし頃の私は、気の合う友達はいないわ、「女子全員から無視」のイジメにあうわ、信頼できない父と不安定な母には本心を打ち明けられないわといった四面楚歌な日々を長い事おくっていた。

それで「人形を溺愛したかと思うと壁に叩きつける」ような奇行に快楽を見出したり、人形に人格を持たせて「腹話術」のように延々と対話を繰り返すのが一番の癒しだった。

思春期になると、日記をつけ始めるのとほぼ同時に、人形には見向きもしなくなった。その代わり、日記でやっている事といったら「自分との対話」以外の何物でもなく、ノートの中には常に「いくつもの人格」が存在した。

人形と日記、最も癒された全く異なる2つの趣味が、はからずも「自分の中の仮想友達との対話」という共通項でつながっていたということに、最近気がついて、笑ってしまった。(これらのアイテムがなかったら、たぶん多重人格になってたなワシ。)

そんなワケで、今では「せまいながらも楽しい我が家」を持つ事が出来、本心を語り合える友人にも出会えて、人生の前半で足りなかったものを全て手に入れた感がある私だが、「現在熱中している趣味は?」と問われたら、やはり「人形と日記(ブログ)」と答えるだろう。あいかわらずである。(笑)

でも、「その趣味に熱中している理由は?」と聞かれたら、どうも「自分の中の仮想友達との対話」だけではない気がする。
「プラスチックドールの素晴らしさを皆に伝えたい。」「私の半生を通してシアワセに生きる事の意味を考えたい。」(デカく出たな)まあそんなところかなあ?

とにかく今は内にこもるのではなく、外に向けて発信したい気分なのだ。

BLOG BLUESさんのエントリーに取り上げてもらったので嬉しくて逆エントリ。私がブログを始めるキッカケになったエピソードあります。
よんでちょ。↓

http://blogblues.exblog.jp/3704864
BLOG BLUESさんの最新エントリー「みどりの会議にラブコールを!

http://www.monjiro.org/diary/2005/05/post_d362.html
中村敦夫さん「紋次郎blog」内のエントリー「幸せ追求、現行で可能」

Green_love

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2006年6月 8日 (木)

広いながらも壊れた我が家

私の父は、一言で言うと「壊れた人」だったなあと、今になって思う。
物心ついたころから、父と一緒に夕ご飯を食べた記憶がないのだ。
それどころか、「おやすみなさい。」と床に入って、一緒に寝た記憶も、ほとんどない。
寝つきの悪かった私は、母が観ている映画や大人向けのTV番組(ザ・ガードマンやキーハンターがお気に入り。)を一緒に観終わってもまだ父は帰って来ない。

しびれを切らして眠ってしまった深夜、いきなり電気がついて、ぼんやり寝ぼけている私の横で、ずっと起きていたであろう母が嬉しそうに「パパ、おかえりなさい。」と言うと、酔っ払って上機嫌の父が、母のほっぺに大きな音で「チュッ」とキスをする。そんな光景を連日見ていたような気がする。

その時まだ小学生にもなっていなかった私は、父不在はどこの家でも普通の事だと思っていたし、当時としては珍しく「パパ、ママ」とお互いを呼び合って子供の前でも平気でキスをする夫婦が、アメリカっぽくて微笑ましいとさえ思っていた。
実際アメリカかぶれしていたかどうかはともかく、父は熱心なプロテスタントで、何度もページをめくって読みつぶした聖書が4冊ほどあった。教会にも毎週行っていた。

「そんな信仰に裏打ちされている人間ならば、さぞかし真面目で家族思いだろう」と母が期待して結婚したのかどうかは、今となっては知る由もないが、病気がちで美しかった母に同情して父の方からプロポーズしたという話は、容易に想像できる。しかし結果から言うと、私達母子はほとんど無視されていたように思う。

そうこうするうちに、母の病状はますます悪くなり、以前のような気丈なそぶりにも陰りが見えるようになっていった。小学校2年生の時だったか、いきなり母が部屋を真っ暗にして、黙って横になって動かなくなってしまったので、死んでしまったのではないかとおどおどしていたら、「パパが帰ってくるまで死んだふりするの、あんたも協力しなさい。」みたいな事を言われ、不安に思う反面、「母は父にゾッコンなんだなあ。」と、漠然と感じて、その子供じみた計画に、まるで私のほうが大人になって参加した覚えがある。

母は子供じみた茶目っ気のある人だったけれど、父には服従していた。
ある日曜日、母と私がいつものようにおしゃべりしていた。
ラジオからは「スィングルシンガーズ」のバッハのスキャットみたいのが流れていた。
すると、珍しく家に居た父がいきなり歩み寄ってきて、「昼間からダバダバダバダバうるさいっ!不愉快だ!」と言い残して去っていった。
そしたら母は即座にラジオを切ってしまい、その後母と私の間でも「気まずい沈黙」が訪れた。その頃から、母は大好きなラジオを聴くこともあまりなくなったような気がする。音楽の趣味では相性ぴったりだったので、残念に思った。めずらしく家にいる父の「勘にさわる」事は、一切したくなかったのだろう。

父は暴力をふるう人ではなかった。それどころか「狂信的な博愛主義者」みたいだと私は思っていた。「ボランティア活動」と称して連日外出して深夜まで帰って来ない生活はあいかわらずだった。「家に病人と子供が居るのに、他人の車椅子ばかり押して・・・。」と、母が吐き捨てるようにつぶやいた。

しかし、父のその「おそろしい博愛主義」が、さらにワシらを苦しめる事になる。ボランティア活動では飽き足らず、あるときは団体に多額の寄付をし、あるときは借金の保証人になり、なーんて事を繰り返してるうちに、一文無しどころか多額の借金肩代わり人生へと転落してしまったのだ。(気が向けばつづく。)

・・・風邪気味頭痛で文字読む気力がないのだ。こんな事では遺憾、イカン!
明日はちゃんと書かにゃあ・・・。明日出来る事は明日やれby藤子A・・・いいのか?

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2006年6月 2日 (金)

共謀罪で趣味延期(怒)

Bouhanns 今日も一日バタバタして、疲れた~。

おいしいビールを飲んで、「医龍」でも観て、ちょいとネットやって、寝よう、
な~んて思ってたら、「ftv部炉具」さんから「ふざけるな!!民主案受け入れ?!」のTBが。
続いて「反戦な家づくり」さんからも、「緊急! 6.2共謀罪の騙し討ちを許すな」のTB。

なんと、今国会での採決は見送りになったと思って油断しまくっていた現代の治安維持法、密告社会と閉鎖的な世の中を作り出す恐怖の法律、
共謀罪」が、自民が民主の案を「おおむね」受け入れる事で明日にも採択~~~?!

冗談じゃないよ~~~

ここまで反対されているのに、
なぜ今国会での成立にここまでこだわるのか?!
まずそこから説明してもらいたいもんだ。

とりあえず、「共謀罪ってナニ」って思ったかたも、「自分にはカンケーないよ」ってかたも、下のリンクを、読んでみてください。
それでもまだ疑問に思った方は、ぜひTV局や新聞社や国会議員のかたに問い合わせてみてください。

ちなみに私は「批判メール」じゃなくて、「応援メール」を出すように心がけてますが、
今回だったら、「民主党さん、野党としてしっかりしてよ!」なんて、激励メールもアリかもしれませんし、TV局などには「共謀罪ってどうなってるの?」とリクエストしてみるのも良いかと考えています。

日付変わって6月2日、今日だよきょう~~。ホントふざけてるよ、自民党!!

基礎知識はココ!
キョウボウザイってなんだ?
http://kyobo.syuriken.jp/what.htm
タイムリーな情報!!
保坂展人のどこどこ日記
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto
●「喜八ログ」さん
最新情報。民主党や衆議院代表の電話番号はこちらでチェック。
http://kihachin.net/klog/archives/2006/06/kyoubou16.html
●ためになる熱いブログの宝庫
Under The Sun 共謀罪に関するTBセンター(4/23)
http://utshome.exblog.jp/1887155
●「とくらBlog」さん経由で
「権力に迎合したマスコミ人を忘れるな!」さん作成のビラも必見!
http://ttokura.exblog.jp/3380705/
●「華氏451」さんのブログで
お問い合わせ先」をチェック!!
http://blog.goo.ne.jp/bebe2001pe/e/b0c7a389f077d90fb5783baf39461f69

よろしくおねがいしますっ!!

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