トラウマ①
両親がプロテスタントなのに何故かカトリックの女子校に通わされていた。
母は「戦前の天皇制」には疑問を投げかける人だったが「美智子妃殿下(当時)」が大好きで、テレビで特集番組があると必ず観ているクチだった。たぶんその流れで購入したと思われる「女の子の躾け方」という本が、いつも本棚の一番手に取りやすい場所に置いてあった。(この本は、当時「浩宮さま」の養育係だった浜尾実さんの著書)
何気に手に取って斜め読みしてみると、「男女は肉体的に違うだけでなく精神的にも違う」ゆえに「女の子は女子校に通うべき」そして「女子校には清潔感がみなぎっていて、女の子特有のきめ細やかな目が行き届いている」とし、「清潔感はそこで生活する女の子の心にまで影響を及ぼす」と続いている。
そんなワケで、聖心や白百合への進学率も高く、OBに皇室関係者も多いその学校に入ったはいいが、何から何まで規則で縛られ、キリスト教の授業では心の中身にまで点数をつけられ、教師は学校の名前にばかりこだわって保身に回り、道を踏み外した生徒には「更正」でなく「退学」が待っており(悪い噂が立ってしばらくすると、「問題の生徒」は「何事もなかったかのように」いなくなっているというのが常だった。コワ・・・。)排除されたくない生徒はひたすら教師のご機嫌をうかがうしか道はない。
生き残るために「表向き良い子」に振舞うしかない現実は、心を病む子供や裏表の激しい子、ライバルを蹴落とすような陰謀をたくらむ子などを少なからず生み出した。
私には学校全体が「病んでいる」ようにしか見えなかったが、教師達は、わが校に不良が一人もいない事や、塵一つない校舎などを自慢していた。(そりゃそうだよな、臭いものにはフタだもん。)
とにかく、学校に洗脳された「良い子ちゃん」にとっては居心地の良い場所だったかもしれないが、私のような「隠れワイルド&アナーキー」な生徒にとっては「牢獄」のような場所だったのだ。だったら「脱獄」すればいいじゃないか、という声も聞こえてきそうだが、「哀れな」両親のために、それすら出来ないでいた。
学校には洗脳されなかった私だが、家庭には洗脳されていた。親の喜ぶ顔が見たい、両親を心配させたくないという純粋な理由から、私は一切の悩みを家庭に持ち込む事はなかった。学校でどんな疎外感にあっても、シスターに「悪魔」と言われて心を痛めても、いっさい親に話す事はなかった。
正確に言うと、「出来なかった」のかもしれない。
小さい頃、白い花をモデルにクラス全員で「お絵描き」をした。私はその花の中心部分が少し薄紫がかっているのを発見して、紫色の絵の具でぼかして描いた。すると「お宅のお子さんは、白い花を紫色で描いています。ちょっと精神的に問題があるのでは?」と、担任から親あてに報告があったらしい。よく観察してみれば、その花がただの「白」ではない事くらいわかったはずで、担任の無能ぶりもさることながら、そんな話を鵜呑みにしておろおろする両親の姿が、情けなかった。仮に私に「精神的な問題」があったとしても、取るべき手段はいくらでもあっただろうに、事もあろうに母は「もう紫色の絵は描かないで」と、いうような事を私にのたまったのだ。
その頃は子供の絵から心理を分析するのが流行ったのかもしれない。仮に「紫色の絵が子供のSOS」だとしたら、その色を使いたくなった子供の心理に寄り添うべきじゃないかと思う。なのに頭ごなしに「紫禁止令」とは・・・。臭いのモトを絶たずして香りでごまかす芳香剤のようなやりかたである。
しかし幼い私は、「こんな色を使った自分が悪いのだ」と、それ以来、紫は絶対に使わない事にした。結果、ブドウの絵を描くときにでさえ、意地になって青い色で塗るような「ゆがみ」が生ずるようになっていった。
同じような事は、父にもあった。小学校3年生位だったか、珍しく一緒にレストランに行って、カレーを食べた。それまでは家庭で作る甘口のカレーしか食べた事がなかったので、「このカレー、美味しいね」と笑顔で父の方を見ると、機嫌の悪そうなむっとした顔で私の言葉を無視しながら食べ続けている。レストランを出た父は私に向かって、「大声で『美味しい』なんて言うな、ふだんロクなもの食べさせていないと思われる。」と吐き捨てた。
めったにしない外食で、めったに本音をしゃべらない父から出た一言がコレだったのも、子供心に大変ショックだった。
今だったら、「この人は、子供の笑顔より、つまらない世間体をとる人なんだな。」と分析できるが、「パパ大好き」な私は、やはり親に恥をかかせた自分を責めていた。
そんなエピソードが幼い頃からたびたびあったものだから、「友達がいないうえに教師(学校ではシスターが教師)からは悪魔よばわり」なんて、おそろしい現実は、口が裂けても両親には言えないのだった。
・・・最近の教育基本法改定の流れなど見ていると、なぜか子供の頃の息苦しさが、戻ってくるのである。それでこんなエントリ。あいすいません。(^^;)
| 固定リンク
« 趣味暴走<後編> | トップページ | カルトな日々 »
コメント
ぷらさんの言うこと、感覚的にとてもよくわかります。
途中まで読みすすめながら、「あっ、これは教育基本法作り替えにつながる話だな...」と思ったら、やはりそうなってました。
教育基本法を与党の意向に沿うように作り替えることは、子どもの心をねじ曲げることを制度化することになる、そして、それはたいへんに息苦しい社会を作り、それを固定化することになる、さらには、そこから問題が発生してきた時に自由な改善の努力さえ許されなくなる危険性がたいへんに高くなる、そのことの例えとしてとても心に迫る思い出話だと思います。
投稿: 村野瀬玲奈 | 2006年6月11日 (日) 21時45分
村野瀬さん、
> 途中まで読みすすめながら、「あっ、これは教育基本法作り替えにつながる話だな...」と思ったら、やはりそうなってました。
へへ。気付いていただいて、ウレシイな。
しかも、素晴らしい解説までつけてくださって、コメントまで読んで「完成品」みたいなエントリーになりました。(^^)
ちなみに、ワシと両親の「バトル」は今後さらにエスカレートするもようです・・・(予告?!)
投稿: ぷら | 2006年6月12日 (月) 00時58分
ぷらさん、おはようございます。
誰しも大人になるころまでにはトラウマのひとつやふたつは抱えているものだ、とはいいながら、でも、当人にとってはこれがなかなか大変な重荷で、しかも他人にはなかなか理解してもらえないところが辛い。さらっと子供の頃の話を書かれてますけど、ひょっとしたらトラウマの話を書くことそのものが、ぷらさんにとっては大変なことなのではないか、そんなふうに思いました。
もうすでにトラウマを乗り越えられて、何の抵抗もなく他人に晒せることができるのでしたら、何も申し上げることはありません。
ブログに書くことが「トラウマを乗り越えるため」であるならば...、ガンバッテクダサイ。でも頑張り過ぎないでください。
実は私も、自分のトラウマについていつか書かねばならんと思ってます。しかし、まだ書けません。
そんな情けない私ではありますが、ネットの向こうからぷらさんを応援します。
投稿: 愚樵 | 2006年6月12日 (月) 05時43分
紫の絵、かあ! 実は私もね、紫色の太陽を描いたことがあるんですよ(小さい頃、紫色は好きで、よく使った)。わあー、世の中、似た人がいるんですね。
その時、先生が色彩心理学でもやってたんですかね、ぷらさんの場合と同様、母に「お宅のお子さんは精神的に……」とのたもうたそうです。うちの母はネジのゆるんだノーテンキ人間なので、「きゃはははは。楽しいですね」と大笑いしたとか……(彼女自身、絵を描いてたので、紫の太陽なんて珍しくも何ともなかったのかな)。ともかく、ぜーんぜん、気にしてなかったふう。「子供なんて、みんな、どっかおかしいわよ」なんて言ってましたし。今から思うと、母親に感謝しなければですね。(でも、心の傷があるのかしら、なんて考える人でもなかったから、その点は減点かな)
ともかくそういう具合に、周囲から変とか何とか神経質に言われても「気にしなーい」親に育てられたもんですから、よい子でもなく、そのまま無神経な人間に育ちました……(泣)。
それにしても……ぷらさん、お嬢さんガッコに行かれたんですね……。
投稿: 華氏451度 | 2006年6月12日 (月) 17時55分
でも、教育基本法改定の流れを見ていると、「子供の頃の息苦しさが」というのはよくわかる気がします。私は逆に気まま放題の子供時代を送ったものですから、「それをとやかく言われたくねぇ」という思いが強く、子供の心を縛るな~と思っているのですが、実際に息苦しさのなかで過ごした人のほうが危機感は強いかも……。
投稿: 華氏451度 | 2006年6月12日 (月) 18時01分
愚樵さん、早朝からのコメント、ありがとうございます。
> しかも他人にはなかなか理解してもらえないところが辛い。
そうなのです。実生活ではほとんどこんな話は出来ません。私の一番の理解者であるハイグー者でさえも、最初は「作り話」だと思ったくらいなのですから。(^^;)
> ひょっとしたらトラウマの話を書くことそのものが、ぷらさんにとっては大変なことなのではないか、そんなふうに思いました。
ここに書くのも、かなりためらいました。「元気」な私とのギャップが大きすぎて読んでくださる方が「引く」かなあ?と思ったり、ただの「自己愛・自分史大好き人間」みたいだなあ・・と苦笑して削除したり。でも、「これを書かなければ前に進めない」私がいるのです。自分の身に起こってきた負の部分をさらけ出す事は、身体から毒を取り除く作業に近いかなあ?などと考える事もあります。そう考えると、トラウマから未だに完全に開放されていないのかもしれません。日常生活では平々凡々、楽しく毎日過ごしておりますが・・・。
> ガンバッテクダサイ。でも頑張り過ぎないでください。
暖かい応援のお言葉、もう純粋に嬉しい、やる気が出ます。(^^)
> 実は私も、自分のトラウマについていつか書かねばならんと思ってます。しかし、まだ書けません。
「ぜひ書いてください。」と言えない所が、つらいです。お互い「頑張りすぎずに」いきましょう。(^^)
投稿: ぷら | 2006年6月13日 (火) 02時42分
華氏さん、いらっしゃいませ!
> 紫の太陽
何か、アーティスティックで、良いですね。私が先生だったら逆に褒めるかもしれない。
> わあー、世の中、似た人がいるんですね。
わ~い、華氏さんと似てるなんて、光栄だ~。(*^^*)
> うちの母はネジのゆるんだノーテンキ人間なので、「きゃはははは。楽しいですね」と大笑いしたとか
いいなあ!華氏さんのお母さんのような人に育てられていれば、トラウマもコンプレックスも持たなかったかも。ちなみに私は我が子に対して、いたってノーテンキです。子供ってどっかヘンだもんね。それがまた可愛いし。
> 周囲から変とか何とか神経質に言われても「気にしなーい」親に育てられたもんですから、よい子でもなく、そのまま無神経な人間に育ちました……(泣)。
いやいや、華氏さんの「言葉」に対する神経の細やかさは、そのまま対人関係にも現れているものだと想像しています。私なんて荒削りなので、ホント見習いたい。(^^;)
> それにしても……ぷらさん、お嬢さんガッコに行かれたんですね……。
はは。何か、自慢してると思われるのが恥ずかしいのですが、この学校での出来事は、その後の人生や価値観に大きな影響を与えているので、(もちろん反面教師という意味で)やはりハズせなかったのです。いやもう、ただの悪口になっちゃうから書けないけど、ホンット酷かったんだから。映画「薔薇の名前」観たとき、おもわずうちの学校の修道院を連想してしまったくらい・・・。(爆)
投稿: ぷら | 2006年6月13日 (火) 03時05分
> 実際に息苦しさのなかで過ごした人のほうが危機感は強いかも……。
いやもうこれはホントに、実感としてあるから、動物なみに危険を察知できるというか・・・(^^;)今の空気はヤバイ、って皮膚感覚でわかるって感じです。
今の状況に危機感を持っている人に戦争体験者や、海外で悲惨な状況を見てきた人が多いのも「息苦しさ」とは何かを体で感じてきたからだと思います。
華氏さんは、開放的に自由に育てられて来たのに「空気」を敏感に嗅ぎ取る能力があるので凄いです。
投稿: ぷら | 2006年6月13日 (火) 03時20分