« 2006年8月 | トップページ | 2006年10月 »

2006年9月16日 (土)

だめんず・うお~か~ 「愛」と「美しい」の連発にはご用心!!

護憲ブロガーのお玉おばさんや賛同者の皆さんから、「藤原紀香さんへ自民党から出馬しないで」メールをだそう!キャンペーンのTBをいただきました。

早速お玉さんのところ、
TBもコメント欄も充実していて、皆さんのスピーディーな対応には頭が下がります。
賛同しようと、このエントリーを書き始めたのは9月15日ですが、いつのまにか日付が変わっていました。あいかわらずかたつむりのような歩み、と、今回も、またまた苦笑。^^;)


私はTVドラマとCM、そしてバラエティーでの藤原紀香さんの活躍から、「華やかなのに、芯が強くて知的、そして気取らない」キャラクターに好感を持っており、「ほっとけない世界の貧しさキャンペーン」に参加している事からも、「利己的な部分を越えて行動できる人」というイメージを持っていました。


今回、お玉さんのブログを読んで、彼女(紀香さん)がアフガニスタンを訪問して写真集を出している事、井上ひさしさんと対談した事もある「護憲派」だという事などを初めて知り、「大義なきイラク戦争をいまだに肯定」しているうえに、「改憲を公約に掲げて」いる自民党(安倍政権)から立候補するという雑誌等の噂は、にわかに信じられないと私も思いました。そこで彼女のHPに飛んでみると・・・。

Norika’s Diary 9月15日付けに、

「ちなみにある雑誌にまた選挙に出馬?みたいなことを勝手に書かれていましたが、何度もいうように考えたこともありません。私は私の今いる世界でまだまだやりたいこともありますし、やらねばいけないこともあります^^。みさなん、惑わされないでくださいね^^。」

との一文が。呼びかけに応じてファンレターを書いたブロガーたちへ、「安心してくださいね。」と語りかけているように感じました。(^^)マークに彼女の愛を感じるぜ・・・。
う~ん、今回の一件で、ますます応援したくなったかも。「だめんず・うお~か~」も、観なきゃね!!
ドラマでは駄目男にはまりがちな主人公を演じる紀香さん。でも、リアル世界の「駄めんず」には、騙されてほしくない、いや、騙されるわけがないと信じているのだ。(^^)

つうことで、これだけだと寂しいから、アメリカと日本の「駄めんず」ぶりを、コピペしてみました。(T T)
いくらワシに母性があっても、コレだけは許せないや。つうか、母性があるからこそ、「戦争=人殺し=終わりなき憎しみの連鎖」だという構図に怒りをおぼえるのだ。↓

★『イラク戦大義』「うそ」の徹底検証を

 フセイン政権下のイラクは大量破壊兵器を保有している。それがテロ組織に渡ったら、米中枢同時テロの悪夢が再現されかねない。
 イラク戦争に突き進んだブッシュ米政権は、こうした三段論法で開戦の正当性を主張していた。

 ところが存在しないことが判明した大量破壊兵器に続いて、国際テロ組織アルカイダとフセイン政権の関係を否定する報告書を米上院情報特別委員会がまとめた。

 イラク戦争は超大国による「2つのうそ」によって主導されたことになる。情報はどこで間違ったのか、そこに意図的な情報操作があったのか。同じ過ちを繰り返さないためにも、情報がゆがめられた過程を厳密に検証する作業が欠かせない。

 2003年3月の開戦当時、米国内にはイラクとテロ組織とのつながりを信じる空気があった。ブッシュ政権の高官はそうした趣旨の発言を繰り返し、同年2月に国連で演説したパウエル国務長官(当時)は「イラクはアルカイダ指導者のビンラディン容疑者とも接触していた」と述べている。

 大量破壊兵器についても保有情報が流れていた。こうした環境にさらされた国民が「イラクの脅威」に対する恐れを強め、開戦やむなしの心情に傾斜しても不思議ではない。

 しかし、事実は違った。

 上院の報告書は、イラクとテロ組織のつながりを明確に否定する。フセイン元大統領はアルカイダと付き合うなと命令し、武器や軍事訓練に関するビンラディン容疑者の要求を拒絶していたという。パウエル演説とは正反対の内容だ。

 宗教色の薄いフセイン政権は、もともとイスラム急進派とは距離を置いていた。テロ組織との関与説については当初から疑問視する見方があったが、これが米議会によって裏付けられたことになる。

 真相に迫った報告書は、新たな疑念を提起する。誤った情報がなぜ政府に採用されたかという点だ。

 米中央情報局(CIA)などの一次情報に誤りがあったのか。それとも正しい情報が政権中枢に上がる過程で何らかの加工があったのか。大量破壊兵器の情報でも同様の問題点が指摘されている。

 強大な軍事力を持つ国家が、国際法を軽視するばかりでなく、情報を操作して開戦することが繰り返されれば、国際社会は秩序を失ってしまう。「歴史的なうそ」については、もっと踏み込んだ検証が必要だ。
高知新聞社社説 2006年09月10日

この「うそ」のために、いったいどれくらいの人が犠牲になったんだ?!
911をきっかけにした「テロとの戦い」で逆にテロは増え続けているのですが・・・。
とうぜん、謝罪の記者会見を行って、責任取りますよね!!と、思っていたら、甘すぎた!!↓

★「文明守る闘争終わらぬ」 ブッシュ大統領 同時テロ5年演説(一部引用) 

 大統領は「テロとの戦い」について「われわれか過激派のどちらかが勝つまで戦いは終わらない」と宣言。対テロ戦争を「文明を守るための闘争」と位置付け、中東に住む良識派の人々に向けて自由や寛容の精神、個人の尊厳に基づいた国家建設のため立ち上がるよう呼びかけた。

 米国民に対しては「この戦いに勝つためには国家が一丸となり、断固として努力することが求められる」と強調。「互いの違いを乗り越えて歴史が与えた試練に立ち向かわなければならない」と、共和、民主両党に党派を超えた協力態勢を固め直すよう求めた。

 一方、内外から批判の強いイラク戦争については「フセイン政権の脅威は明らかだった。政権崩壊で世界は安全になった」と正当性を強調。「米国の安全は戦いの成果にかかっている」と撤退の考えのないことを強調した。
東京新聞 2006年09月12日 夕刊一面記事

ありゃりゃ~、これじゃあもう引き返せない、国と国とのデスマッチ宣言・・・でもこれゲームじゃありません。
そんな事に我が国が巻き込まれたらタイヘン!!という心配もどこ吹く風のこの発言! ↓

★「日本政府の判断間違いない」 安倍氏、米上院報告書で(一部引用)

 安倍晋三官房長官は11日午前の記者会見で、米上院の報告書がイラクの旧フセイン政権と国際テロ組織アルカイダの結び付きを否定したことに関し「イラクが大量破壊兵器を所有していると考える合理的な理由があり、日米同盟の関係からも(米国の対イラク)戦争を支持した日本政府の判断は当時として間違いがなかった」と強調した。
共同通信社  2006年09月11日

そうですか・・・安倍さんアメリカのポチだとは思っていたけど・・・やはりアメリカのあやまちを正すべくガツンと言ってはくれませんでしたか。ナサケナイですね。
そういえば、今起きている戦争も、過去の戦争も正当化し続ける安倍さんってどうなのよ?と思っていたら、この保坂さんの記事がとてもわかりやすくその危険性について伝えてくれています。 ↓

★「自衛隊海外派遣恒久法と集団的自衛権容認が生み出すもの」

いよいよ、戦争の足音が聞こえてきた。安倍官房長官の独走体制下で、これまでテロ特別措置法やイラク派遣法など、個々の事態に則した派遣法を大急ぎで国会で作り、自衛隊の海外派遣をしてきた日本政府は、「いつでも、どこでも自衛隊海外派遣」が自由に出来るように恒久法を準備し始めた。まずは、この秋の臨時国会でのテロ特措法の付帯決議に盛りこむ方向だという。武器使用基準も大幅に緩和し、全世界的に「テロとの戦い」に出動するという。

 もうひとつは、現憲法下で「集団的自衛権の行使容認」へと解釈を変更するというもの。これまでの内閣法制局見解は、憲法上の制約に照らして、集団的自衛権を持っているものの行使することには慎重だった。これを、憲法9条の解釈変更でOKにしようというのだから凄い。集団的自衛権とは、軍事同盟関係にある国が攻撃を受けた時に、軍事的に加勢に出かけるというもので、アメリカ軍が攻撃を受けた場合に日本の自衛隊も戦闘に赴くというものである。

 客観的には侵略でも、およそどの国も「自衛のため」に戦争を始める。あのイラク戦争も「アメリカを大量破壊兵器でテロ攻撃する準備をしているに違いない」という事実誤認に基づいた先制攻撃の論理で開始された。集団的自衛権の論理を適用すれば、同盟国がまさに攻撃を受けようとして反撃している「自衛の戦争」に自衛隊も参加できるということになる。ベトナム戦争に韓国軍が参加したのは、まさに集団的自衛権の論理であり、自衛隊がベトナム戦争に派兵されなかったのは憲法9条の制約を超えることができなかったからである。

この歴代政府の憲法解釈を180度転換しようというのである。こうした解釈を是とするならば、朝鮮戦争であれ、ベトナム戦争であれ、近くはイラク戦争に至るまで自衛隊は血を流すべきだったということになる。自衛隊の戦力とは自衛のためのものに徹していて、日本は専守防衛に徹しているという国是は全面変更される。毎日の新聞に「今日の戦死者」が掲載される時代になる。

 大きな戦闘や攻撃を受けて多くの自衛隊員の死傷者が出ることがあるかもしれない。されば、「憲法9条などまったく実態にあっていない。現実と乖離した憲法はただちに改正せよ」と煽り立てる声が大きくなるだろう。誰のために、何のために血を流し戦うのか。今のところ、ブッシュ大統領の軽率な超軍事大国のためでしかない。

 もはやイラクは内戦状態になってしまったという声がアメリカ国内からもあがっている。多数の屍の山が、手のつけようもない宗教・宗派衝突の爆発を起こしてしまったのだ。大義もなく、自衛でもなく、憎しみと流血が絶望的に広がる「テロとの戦い」は、イスラム原理主義を膨張させ「テロリスト」を増殖する。

そこに自衛隊を送り込むわけにはいかない。
保坂展人のどこどこ日記 2006年08月31日

うんうん、そうですよね。保坂さんと安倍ちゃん、どっちが日本の事大切に思ってるか、一目瞭然ですね。昔から、「愛してる?」を連発する男は「駄めんず」と相場が決まってるけど、どうもこれ、政治家にも当てはまりそうだ。
「愛」と「美しい」の連発にはご用心!!

| | コメント (11) | トラックバック (31)

2006年9月11日 (月)

地雷踏んでもよかですか?

はじめに
布引さん、コメントありがとうございます。
喜八さん、TBありがとうございます。
今回ばかりは、あえてこんなエントリーを立ててしまった私をお許しください。(^^;)

数日前、「あ」さんというかたから「コーソツ主婦の靖国問題(1)」のコメント欄に、

> 「私はこの記事には賛成できなきない思想をもっているが、一部賛成できるところもあるので忠告しよう。
今後二度と日本を侮辱する発言をしないほがいい。」
(原文ママ)

という、「紳士的なご忠告」を、いただいた。
で、ちょっと考えてしまった。(村野瀬さんもご指摘くださっていますが。)
「日本を侮辱する発言」って、どの部分だろう?そこで推理してみる事にした。

「怒れ、戦争体験者」にいただいた二つ目の「あ」さんのコメント

> 反戦洗脳乙

が、ヒントになると思った。
2つのエントリーに共通する事といえば、「先の大戦中、日本国民の多くは権力の犠牲になった」「あの戦争は間違っており、当時の指導者には戦争責任があった」という論調だろうか?
でもそれって、「中国や韓国の反日教育がうんたら」とか、「日教組がうんたら」とか、「最近の左傾化したNHKスペシャルがうんたら」とか言う以前に、事実なんじゃないの?

ワシなんか、ぜんぜん勉強してないから幸いにも(爆)「日教組」の影響は受けなかったけど、周りの年寄りとか親戚とか親とかが、「フツーに」「当事者の目で」語っていた生の声を聞いていた。

ウチの両親なんて、自民党大好きで共産党大嫌い、しかも中国韓国北朝鮮大嫌いの筋金入りの差別主義者だったけど、それでも「戦前の日本には自由はなかった、言論弾圧はあった、大本営発表に騙された、天皇は神だって信じ込まされた」って、繰り返し言っていた。
(どこかのブログで「戦時中の言論弾圧はなかった」なんて記述を目にしたけど、そっちの方が不自然だよね。)

それを「反戦洗脳」とか言われちゃうと、困っちゃうなあ・・・。
そもそも、「反戦」って、いけないことなのか?!「正しい戦争はOK」なのか?!
誰が「正しい」って決めるのか?! 「正しいつもりでいたこの戦争、やっぱり間違っていました」って事が、リアルタイムでも起こってるんじゃないのか?!

私は、人の言葉は極力善意にとらえようと努めているので、「あ」さんが純粋に私のブログが炎上するのを心配してくれているのだと今回は思うことにした。

8月15日に、加藤紘一邸が右翼に放火された事件も、悪意にとらえれば「言論を封じ込むテロだ」「非常に危険だ」ということになるけれど、火をつけた当事者に感情移入して善意に考えてみれば、「自分が大事にしている思想の危機に黙っていられなかった。」っていう側面はあると思う。(だからといって暴力を肯定しているわけではないのだけど)誰だって、自分が信じているものを否定されるのが怖いのだ。

私はイスラム教徒ではないけれど、風刺画で自分の宗教を傷付けられたと怒る人たちがいるのは、わかる。
私は靖国神社の遊就館に展示されている先の戦争を肯定する歴史観を信じていないけれど、靖国に家族の英霊がいると信じている人たちがいるのも、わかる。
自分が信じているものを否定される事、言論に自由の無い世界、宗教・思想を選べない世界ほど恐ろしいものはない。

だからこそ、私がもっとも憎むのは「言論弾圧」と「暴力によって相手をねじふせる事」なのである。
私がいかなる戦争をも憎むのは、「言論弾圧」と「暴力によって相手をねじふせる事」が合法的だという体裁をとって行われるからである。これを曲げるつもりはないし、せっかくご忠告いただいて申し訳ないけど、この事だけは、これからも事あるごとに書き続けていくのだと思う。

「あ」さんが私の記事を「反戦洗脳」ととらえるか否かは「あ」さんの「自由だ~!」
でも、私が自分の敷地内で何書こうと「自由だ~!」っていうのも、認めてもらえますよね。
コレ否定されちゃうと、「すでに言論弾圧は始まっている。軍靴の音が・・・ガクガクブルブル」っていう読者さんを、増やすことになっちゃうからね。そんな北朝鮮みたいな日本には、愛国者としてしたくないですよね!

ちょいと話はそれるが、アキバで演説する時期総理候補の動画を観た。活字を読むかぎりでは、安倍さんと麻生さんの政策に大差はないなんて言われてるし、今週の週刊プレイボーイでの漫画家本宮ひろ志との対談でも「女と歩いていてヤクザに絡まれたら、女を守ってやれるような男じゃないと捨てられる」な~んて、何とも下世話でお子ちゃまな例えで「国防」を語っており、一国をまかせるのは極めて不安な人物であると感じる。

しかし動画での麻生さん、後ろにもお年寄りにもさりげなく気を使う神経の細かさ、気分が悪くなった時に駆け込む場所までご案内、皆を退屈させないオタク系うんちくの数々、超ポジティブなアジアとの関係、最後の握手でバンザイの場面では谷垣さんを真ん中に誘導するさりげなさ、どれをとっても自然でスマート(笑)、曲がったお口までがサワヤカ(!!)に見えてしまいました~~いや~マイッタ。政治家じゃなくて、上司だったら、そして、見識を疑う数々の発言がなければ、一緒に飲んでみたいNO.1だね!3人の中では!(安倍ちゃんなんかカスミまくりよ。)

と、いう風に、たとえ思想信条はちがっても、憎めないヤツはいるわけで、それは他国や他民族や他宗教にも存在するわけで、そうやって広げていくと、私にとっては国境だの民族だのどうでも良くなってしまうのだ。だから戦争はしたくない。ただそれだけだ。

まあなんつか、ぐだぐだ書いてきたけれど、
私の記事にほんの少しでもシンパシーを感じてくださった「あ」さんなら、「話せばわかる。」と信じてエントリしました。これからも好きに書きたいから。読んで不愉快になるのなら、「お宅訪問」しなければ良いだけの話。

でも、万一今度カキコする時は、「オレの個性が光る」HN、考えといてくだされ。他の虫と間違えてうっかり削除しちゃうと困るから。(^^)

| | コメント (19) | トラックバック (23)

2006年9月 3日 (日)

小出し 続・東京新聞へようこそ

ドラマ「結婚できない男」の阿部ちゃんはステキだけど、金曜日のニュース番組ではステキじゃない方の安倍ちゃんがコレでもかと出まくっていて、ウンザリしてしまった。

報道ステーション。
ワタシは古舘伊知郎大嫌いなので、「どうせゲストをヨイショするような底の浅いインタビューしか出来ないでしょ」と、斜に構えて見てた。

案の定、安倍ちゃんが「自分の国は自分で守れるように・・・」的な発言をしてもなんの突っ込みもしない古舘
すると、安倍ちゃんの左隣にいた佐山展生一橋大大学院教授が、「『守るっ』て言いますけど、要するに人を殺すって事ですよね!」とツッコミ。

「いや、他国に守ってもらっているばかりでは良くない、他国を守ることが出来るようにするのが・・・」というようなことを早口で答える安倍ちゃんに、たたみかけるようにして「守るっていうけど、戦う、つまりは海外に出て行って人殺しをするって事ですよね!」と繰り返し質問。

さらには、「そういう(安倍さんの)方向性は憎しみの連鎖を生み出すだけで非常に危険」「私は反対です。軽い気持ちでやってもらっては困る」と毅然とした態度で釘を刺していた。カッコいい!!
対する安倍ちゃん、ますます早口でカミカミになっていて、面白かった。

この佐山展生って人、有名な「新自由主義者」らしいけど、今回の突っ込みは、在りし日の久米広を思い起こさせるものだった。なのにフル立ちってば、「時間も無いので、この辺で。」って、無難にしめくくってしまって、ガックリ。
次回安倍ちゃんゲストの時も、ゼヒ佐山さん呼んでくれ~。(でも、「佐山が出るならぼくちゃん出たくない~」と、ゴネる気がする。圧力に屈するな!TV朝日!)

つことで、今日の東京新聞の社説コピペ(太字部分はぷら)。(手抜きでスマンです~人形系の更新も公約守れんでごめんなさい・・・。)

政治の基礎は「学習」

新しい日本の政治リーダーには学習する能力と意欲があるのか、国際社会も注目しています。歴史を逆転させないか、日本国民の選択にも世界の眼(め)が光ります。

 国の指導者に不可欠な条件は教養と知性、それらを磨くための学習意欲です。教養と知性こそが状況に柔軟、的確に対応できる下地です。

 政治家に必要な教養の第一は歴史に対する認識です。過ぎ去ったことに学ぶ重要性は、「過去に目を閉ざす者は現在も見えない」というワイツゼッカー元ドイツ大統領の言葉を借りるまでもありません。

 戦前からのリベラリストで、ジャーナリストから政治家に転じた石橋湛山氏が残した文章の一節を紹介します。

■歴史はドラマチックに

 「少なくとも満州事変以来、軍、官、民の指導的地位にあった者は重罪人だ。然(しか)るにそれらの者が依然として政府の要職にあり、あるいは官民の指導者顔で平然としているのは許し難い」

 石橋氏は一九五六年暮れから病に倒れるまでの二カ月余ながら首相も務めました。二男が戦死しているのですが、敗戦二カ月後に早くも靖国神社廃止を主張し、その提言の中にこのように書いたのです。

 戦前戦中のまさに「官の指導者」であり、A級戦犯リストにも載った岸信介氏がその石橋氏の後継首相になったのは歴史の皮肉ですが、終戦記念日に靖国神社に参拝した小泉純一郎首相は石橋氏の心中を察したことなどないでしょう。

 折しも小泉後継の最有力候補は岸氏の孫である、安倍晋三内閣官房長官とされています。歴史はドラマチックに展開します。

 靖国神社には、戦陣に倒れた人だけでなく、戦争を指導し多くの人を戦場に駆り出した人も神として祭られています。東京裁判でA級戦犯として有罪になった人などです。

■求められる知力と努力

 さまざまな問題点が指摘されているとはいえ、日本は東京裁判を受け入れて国際社会に復帰しました。内閣の責任者がA級戦犯の前で手を合わせると、「日本は“戦後体制”を否定するのか」との不信感がアジア諸国に生じかねません。

 「参拝は心の問題」と自分の自由を優先した首相の行動は、首相参拝で痛みを感じる人の心を踏みにじっています。公人の自由の幅は私人のそれより狭く、時には公人が譲るべきなのは民主主義の常識です

 現実に生起する問題はこのように複雑です。ですから、たゆまぬ学習で、もつれた糸をほぐす知力と努力が政治家には求められます。

 加藤紘一元自民党幹事長、山崎拓前自民党副総裁が議論する脇で、小泉現首相は黙って酒を飲み続ける。意見を求められると「おれは決めているから」と言うだけで後は無言-YKKトリオといわれたころ伝えられたエピソードです。

 「信念」と言えば聞こえはいいのですが、これが真実なら“聞く耳持たぬ”姿勢です。多くの情報を積み重ね、多面的に考えることが過ちを避けるための前提条件なのに、学習を放棄してはいけません。

 しかし、問題を単純化して敵をつくって見せ、国民を扇動して自分に引きつけるのが小泉政治の手法でした。「改革を推進する側を選ぶか、妨害する側を選ぶかの選挙だ」「官から民へ」-この五年間、数多くのキャッチコピーが繰り出されましたが、単純化された、分かりやすい表現には必ずうそが交じります。

 扇動が外交に関係するとナショナリズムを高揚させます。「靖国参拝への批判は中韓のいやがることはするなということ」というせりふが典型です。二元論ですまないのは前述した通りなのですが…。

 「批判する方がおかしい」との小泉発言は、大戦を前に中国と和解する道を閉ざした近衛文麿首相の「国民党政府を相手にせず」発言を思い起こさせます。

 参拝を批判した加藤氏の生家への右翼団体員による放火に、小泉流扇動政治の影響はなかったのでしょうか。一部政治家の「ものを言いにくい空気がある」という不安は、事件の背景ではないのでしょうか。

 日中戦争から世界大戦へ突き進んだ昭和初期の雰囲気に似てきた、という昭和史研究家、半藤一利さんの懸念を真剣に受け止めましょう。

 この事件について安倍氏も首相も沈黙していたのは不可解です。首相の意中の人といわれ、参拝容認の安倍氏は、小泉流の政治手法をどう評価しているのでしょうか。国民に披露すべきです。同じく「安倍へ安倍へ」とすり寄る自民党議員の考えも聞きたいものです。

■祖父の遺志継ぐかのように

 政治姿勢における岸氏との距離も問われるべきです。例えば、安倍氏は、改憲を狙って政府に憲法調査会を設けた祖父の遺志を継ぐように、改憲実現を前面に押し出しました。

 日本はなぜ戦争への道を突き進んだのか、現行憲法はどんな役割を果たしているか、安倍氏には、祖父を誇りに思う気持ちを離れて公平、客観的に学んでほしいと思います。

| | コメント (18) | トラックバック (17)

« 2006年8月 | トップページ | 2006年10月 »