だめんず・うお~か~ 「愛」と「美しい」の連発にはご用心!!
護憲ブロガーのお玉おばさんや賛同者の皆さんから、「藤原紀香さんへ自民党から出馬しないで」メールをだそう!キャンペーンのTBをいただきました。
早速お玉さんのところ、TBもコメント欄も充実していて、皆さんのスピーディーな対応には頭が下がります。
賛同しようと、このエントリーを書き始めたのは9月15日ですが、いつのまにか日付が変わっていました。あいかわらずかたつむりのような歩み、と、今回も、またまた苦笑。^^;)
私はTVドラマとCM、そしてバラエティーでの藤原紀香さんの活躍から、「華やかなのに、芯が強くて知的、そして気取らない」キャラクターに好感を持っており、「ほっとけない世界の貧しさキャンペーン」に参加している事からも、「利己的な部分を越えて行動できる人」というイメージを持っていました。
今回、お玉さんのブログを読んで、彼女(紀香さん)がアフガニスタンを訪問して写真集を出している事、井上ひさしさんと対談した事もある「護憲派」だという事などを初めて知り、「大義なきイラク戦争をいまだに肯定」しているうえに、「改憲を公約に掲げて」いる自民党(安倍政権)から立候補するという雑誌等の噂は、にわかに信じられないと私も思いました。そこで彼女のHPに飛んでみると・・・。
Norika’s Diary 9月15日付けに、
「ちなみにある雑誌にまた選挙に出馬?みたいなことを勝手に書かれていましたが、何度もいうように考えたこともありません。私は私の今いる世界でまだまだやりたいこともありますし、やらねばいけないこともあります^^。みさなん、惑わされないでくださいね^^。」
との一文が。呼びかけに応じてファンレターを書いたブロガーたちへ、「安心してくださいね。」と語りかけているように感じました。(^^)マークに彼女の愛を感じるぜ・・・。
う~ん、今回の一件で、ますます応援したくなったかも。「だめんず・うお~か~」も、観なきゃね!!
ドラマでは駄目男にはまりがちな主人公を演じる紀香さん。でも、リアル世界の「駄めんず」には、騙されてほしくない、いや、騙されるわけがないと信じているのだ。(^^)
つうことで、これだけだと寂しいから、アメリカと日本の「駄めんず」ぶりを、コピペしてみました。(T T)
いくらワシに母性があっても、コレだけは許せないや。つうか、母性があるからこそ、「戦争=人殺し=終わりなき憎しみの連鎖」だという構図に怒りをおぼえるのだ。↓
★『イラク戦大義』「うそ」の徹底検証を
フセイン政権下のイラクは大量破壊兵器を保有している。それがテロ組織に渡ったら、米中枢同時テロの悪夢が再現されかねない。
イラク戦争に突き進んだブッシュ米政権は、こうした三段論法で開戦の正当性を主張していた。
ところが存在しないことが判明した大量破壊兵器に続いて、国際テロ組織アルカイダとフセイン政権の関係を否定する報告書を米上院情報特別委員会がまとめた。
イラク戦争は超大国による「2つのうそ」によって主導されたことになる。情報はどこで間違ったのか、そこに意図的な情報操作があったのか。同じ過ちを繰り返さないためにも、情報がゆがめられた過程を厳密に検証する作業が欠かせない。
2003年3月の開戦当時、米国内にはイラクとテロ組織とのつながりを信じる空気があった。ブッシュ政権の高官はそうした趣旨の発言を繰り返し、同年2月に国連で演説したパウエル国務長官(当時)は「イラクはアルカイダ指導者のビンラディン容疑者とも接触していた」と述べている。
大量破壊兵器についても保有情報が流れていた。こうした環境にさらされた国民が「イラクの脅威」に対する恐れを強め、開戦やむなしの心情に傾斜しても不思議ではない。
しかし、事実は違った。
上院の報告書は、イラクとテロ組織のつながりを明確に否定する。フセイン元大統領はアルカイダと付き合うなと命令し、武器や軍事訓練に関するビンラディン容疑者の要求を拒絶していたという。パウエル演説とは正反対の内容だ。
宗教色の薄いフセイン政権は、もともとイスラム急進派とは距離を置いていた。テロ組織との関与説については当初から疑問視する見方があったが、これが米議会によって裏付けられたことになる。
真相に迫った報告書は、新たな疑念を提起する。誤った情報がなぜ政府に採用されたかという点だ。
米中央情報局(CIA)などの一次情報に誤りがあったのか。それとも正しい情報が政権中枢に上がる過程で何らかの加工があったのか。大量破壊兵器の情報でも同様の問題点が指摘されている。
強大な軍事力を持つ国家が、国際法を軽視するばかりでなく、情報を操作して開戦することが繰り返されれば、国際社会は秩序を失ってしまう。「歴史的なうそ」については、もっと踏み込んだ検証が必要だ。
高知新聞社社説 2006年09月10日
この「うそ」のために、いったいどれくらいの人が犠牲になったんだ?!
911をきっかけにした「テロとの戦い」で逆にテロは増え続けているのですが・・・。
とうぜん、謝罪の記者会見を行って、責任取りますよね!!と、思っていたら、甘すぎた!!↓
★「文明守る闘争終わらぬ」 ブッシュ大統領 同時テロ5年演説(一部引用)
大統領は「テロとの戦い」について「われわれか過激派のどちらかが勝つまで戦いは終わらない」と宣言。対テロ戦争を「文明を守るための闘争」と位置付け、中東に住む良識派の人々に向けて自由や寛容の精神、個人の尊厳に基づいた国家建設のため立ち上がるよう呼びかけた。
米国民に対しては「この戦いに勝つためには国家が一丸となり、断固として努力することが求められる」と強調。「互いの違いを乗り越えて歴史が与えた試練に立ち向かわなければならない」と、共和、民主両党に党派を超えた協力態勢を固め直すよう求めた。
一方、内外から批判の強いイラク戦争については「フセイン政権の脅威は明らかだった。政権崩壊で世界は安全になった」と正当性を強調。「米国の安全は戦いの成果にかかっている」と撤退の考えのないことを強調した。
東京新聞 2006年09月12日 夕刊一面記事
ありゃりゃ~、これじゃあもう引き返せない、国と国とのデスマッチ宣言・・・でもこれゲームじゃありません。
そんな事に我が国が巻き込まれたらタイヘン!!という心配もどこ吹く風のこの発言! ↓
★「日本政府の判断間違いない」 安倍氏、米上院報告書で(一部引用)
安倍晋三官房長官は11日午前の記者会見で、米上院の報告書がイラクの旧フセイン政権と国際テロ組織アルカイダの結び付きを否定したことに関し「イラクが大量破壊兵器を所有していると考える合理的な理由があり、日米同盟の関係からも(米国の対イラク)戦争を支持した日本政府の判断は当時として間違いがなかった」と強調した。
共同通信社 2006年09月11日
そうですか・・・安倍さんアメリカのポチだとは思っていたけど・・・やはりアメリカのあやまちを正すべくガツンと言ってはくれませんでしたか。ナサケナイですね。
そういえば、今起きている戦争も、過去の戦争も正当化し続ける安倍さんってどうなのよ?と思っていたら、この保坂さんの記事がとてもわかりやすくその危険性について伝えてくれています。 ↓
★「自衛隊海外派遣恒久法と集団的自衛権容認が生み出すもの」
いよいよ、戦争の足音が聞こえてきた。安倍官房長官の独走体制下で、これまでテロ特別措置法やイラク派遣法など、個々の事態に則した派遣法を大急ぎで国会で作り、自衛隊の海外派遣をしてきた日本政府は、「いつでも、どこでも自衛隊海外派遣」が自由に出来るように恒久法を準備し始めた。まずは、この秋の臨時国会でのテロ特措法の付帯決議に盛りこむ方向だという。武器使用基準も大幅に緩和し、全世界的に「テロとの戦い」に出動するという。
もうひとつは、現憲法下で「集団的自衛権の行使容認」へと解釈を変更するというもの。これまでの内閣法制局見解は、憲法上の制約に照らして、集団的自衛権を持っているものの行使することには慎重だった。これを、憲法9条の解釈変更でOKにしようというのだから凄い。集団的自衛権とは、軍事同盟関係にある国が攻撃を受けた時に、軍事的に加勢に出かけるというもので、アメリカ軍が攻撃を受けた場合に日本の自衛隊も戦闘に赴くというものである。
客観的には侵略でも、およそどの国も「自衛のため」に戦争を始める。あのイラク戦争も「アメリカを大量破壊兵器でテロ攻撃する準備をしているに違いない」という事実誤認に基づいた先制攻撃の論理で開始された。集団的自衛権の論理を適用すれば、同盟国がまさに攻撃を受けようとして反撃している「自衛の戦争」に自衛隊も参加できるということになる。ベトナム戦争に韓国軍が参加したのは、まさに集団的自衛権の論理であり、自衛隊がベトナム戦争に派兵されなかったのは憲法9条の制約を超えることができなかったからである。
この歴代政府の憲法解釈を180度転換しようというのである。こうした解釈を是とするならば、朝鮮戦争であれ、ベトナム戦争であれ、近くはイラク戦争に至るまで自衛隊は血を流すべきだったということになる。自衛隊の戦力とは自衛のためのものに徹していて、日本は専守防衛に徹しているという国是は全面変更される。毎日の新聞に「今日の戦死者」が掲載される時代になる。
大きな戦闘や攻撃を受けて多くの自衛隊員の死傷者が出ることがあるかもしれない。されば、「憲法9条などまったく実態にあっていない。現実と乖離した憲法はただちに改正せよ」と煽り立てる声が大きくなるだろう。誰のために、何のために血を流し戦うのか。今のところ、ブッシュ大統領の軽率な超軍事大国のためでしかない。
もはやイラクは内戦状態になってしまったという声がアメリカ国内からもあがっている。多数の屍の山が、手のつけようもない宗教・宗派衝突の爆発を起こしてしまったのだ。大義もなく、自衛でもなく、憎しみと流血が絶望的に広がる「テロとの戦い」は、イスラム原理主義を膨張させ「テロリスト」を増殖する。
そこに自衛隊を送り込むわけにはいかない。
保坂展人のどこどこ日記 2006年08月31日
うんうん、そうですよね。保坂さんと安倍ちゃん、どっちが日本の事大切に思ってるか、一目瞭然ですね。昔から、「愛してる?」を連発する男は「駄めんず」と相場が決まってるけど、どうもこれ、政治家にも当てはまりそうだ。
「愛」と「美しい」の連発にはご用心!!
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コメント
「愛」は果たして「美しい」か。?
華氏451度で愛国心論争が燃え上がり炎上しそうな勢い。
以前の靖国論争の張本人としては多少責任は感じているのですが根本的なところで違和感を感じ熱くなれません。
愛はホントに美しいんですか。?
『愛と憎しみは紙一重』
『愛が美しいのは理性で制御できる段階までの話で、制御不能のレベルの愛は危険で見苦しい限り』
ブッシュさんもたぶん彼の考えるアメリカ風の自由やアメリカ風の民主主義やアメリカを助ける神様を強烈に愛しているんでしょう。
然し美しいとは言えません。
投稿: 布引洋 | 2006年9月16日 (土) 11時38分
ぷらさん、こんにちは。
>昔から、「愛してる?」を連発する男は「駄めんず」と相場が決まってるけど、どうもこれ、政治家にも当てはまりそうだ。
「愛」と「美しい」の連発にはご用心!!
鋭いですね。
ワン・オブ・「駄めんず」の私には耳が痛い。(^_^;)
もっとも、私は「愛」や「美しい」という言葉はあまり使わないタイプの「駄めんず」ではありますが・・・。
投稿: 喜八 | 2006年9月16日 (土) 13時28分
西原理恵子の「ゆんぼくん」に「好きと嫌いはおなじものでできている」という台詞もありました。
制御不能になるのが恋愛というものでそれはもうさんざん身にしみてて。「美しい」とか余裕こいてながめられるもんではないのです自分の身に起こった場合は。
制御なんかできるもんではないけど、それでも「おまえはその人のことが好きなのか?
人を好きでいる自分とその状態が好きなだけではないのか?」とくりかえし問いかけることはできる。そういうことでしか近づくことはできないのでしょう。
目の前に確かにいるその人のことで精一杯なのに、得体の知れない国家とか民族などというものに「愛」や「美しさ」を、それも安易きわまりない方法で語る余裕など私にはありはしないのです。
投稿: なめぴょん | 2006年9月16日 (土) 17時30分
>「愛」と「美しい」の連発にはご用心!!
いいなあ、この呼びかけ。(^^)
ついでに...
「だめんず・ゆ~けんしゃ」にならないようにしよう。
一発コメントですみません。(笑)
投稿: 村野瀬玲奈 | 2006年9月18日 (月) 14時08分
はじめまして
愛国心ってなんでしょうんね。小泉さんて「自己愛」の人だって有名な心理学者たちがいってましたが・・・テレビで・・・自己愛ってナルシズムで・・・これって病気ですよね。で、愛国心って、これの国版ってことで、やっぱり病気だと思うのですが・・・
病的な愛は、しんどいですよねえ。
愛は、愛ならではの愛がいいなあ。
今のこの国の流れを止めたい!!
投稿: きぼう屋 | 2006年9月19日 (火) 21時17分
●布引洋さん、
> 華氏451度で愛国心論争が燃え上がり炎上しそうな勢い。
以前の靖国論争の張本人としては多少責任は感じているのですが根本的なところで違和感を感じ熱くなれません。
華氏さん、お玉さん、ハムニダさん、よく行くブログのコメント欄でのそれぞれの対応はとてもためになります。
よそで論争になった時にコメントできるほどの知識も度胸もないし、かえって火に油を注ぐ結果になってはと思い傍観者を決め込むヘタレな私ですが、反対意見も含めたコメント欄を削除しない姿勢は見習いたいと常に思っています。
> ブッシュさんもたぶん彼の考えるアメリカ風の自由やアメリカ風の民主主義やアメリカを助ける神様を強烈に愛しているんでしょう。
> 然し美しいとは言えません。
本来の「愛」というのは、子供を愛でるような無条件に口元が微笑むような感覚だったり、相手を思いやる気持ちだったりと、いたって無欲でシンプルなもの、「自発的」なものだと思うのです。他者に見返りは求めません。
一神教の神様(または教祖様)は「私を愛せ、私に忠誠を誓うために何かしろ」と言い続けるし、教育基本法に盛り込もうとしている「愛国心」にも同じ意図を感じます。
他者に対する思いやりをいちじるしく欠いた「強制的」なものを、私は「愛」とは呼べないと思います。
> 愛はホントに美しいんですか。?
なので、「ホントの愛は美しい」ってのが、結論かな?(*^^*)
投稿: ぷら | 2006年9月20日 (水) 01時39分
●喜八さん、こんばんわ!
> 鋭いですね。
ワン・オブ・「駄めんず」の私には耳が痛い。(^_^;)
もっとも、私は「愛」や「美しい」という言葉はあまり使わないタイプの「駄めんず」ではありますが・・・。
いやいや、それは「駄めんず」とは言いませんヨ。(^^)
ちなみに私も歯が浮くような言葉は、日常生活では全く使いません。・・・でも「駄妻」かも!(爆)
投稿: ぷら | 2006年9月20日 (水) 01時44分
●なめぴょんさん、
真摯な言葉、思わず感じ入って、答えが遅くなってしまいました。
> 西原理恵子の「ゆんぼくん」に「好きと嫌いはおなじものでできている」という台詞もありました。
だめんず・うお~か~の原作者の「くらたま」と、エントリーの最後にあげた「保坂さん」、といえばサイバラさん!実は今のハイグー者と最初に会った時「コレお前に似てる」と言って貸してもらった本が、西原理恵子との最初の出会いでした。(^^;)
お互いにハゲしい性格だったので、毎日が喧嘩の連続!価値観の衝突から言い合い、果ては取っ組み合い、大声で泣くことや、ベランダから飛び降りてやれと思ったこともしばしば。まるで洗濯機の回転する濁流に飲み込まれている洗濯物のような「美しくないけどタイヘンな」恋愛期間でした。
「もうあんな経験はコリゴリだ。」というのが、今のワシらの共通する思い。で、何故か一緒にいるという・・・。
なので、
> 制御不能になるのが恋愛というものでそれはもうさんざん身にしみてて。
>「美しい」とか余裕こいてながめられるもんではないのです自分の身に起こった場合は。
「美しさに酔っていない恋愛」を通り抜けた先に、安住の地があるのダ。と、先駆者は言っておこう。(^^)
>「おまえはその人のことが好きなのか?
人を好きでいる自分とその状態が好きなだけではないのか?」
それでいいと思います。(^^)
> 目の前に確かにいるその人のことで精一杯
これはいまだにそうです。子供ができれば子供のことで精一杯、自分にもその位の力しかありません。でも、だからこそ、
> 得体の知れない国家とか民族などというものに「愛」や「美しさ」を
強制される事に黙ってはいられない私がいます。そして「ブログなんかやっても世の中変わらないよ・・・。」と、目の前の「ゴーカな晩飯」をせがむ家族の待つ日常が続くのだ・・・(ワシはキミらのために戦っとるのに、ジャマしかしないのだね・・・でも好きだから、ま、いいか。)
投稿: ぷら | 2006年9月20日 (水) 02時25分
●村野瀬さん、
> 「だめんず・ゆ~けんしゃ」にならないようにしよう。
> 一発コメントですみません。(笑)
サビのきいた一発、家族の理解を得られない私には何よりの「応援歌」です。ありがと~(^^)
投稿: ぷら | 2006年9月20日 (水) 02時29分
●きぼう屋さん、はじめまして!(^^)
> 自己愛ってナルシズムで・・・これって病気ですよね。で、愛国心って、これの国版ってことで、やっぱり病気だと思うのですが・・・
自分の醜い部分を否定して成り立っている愛、他者への感情移入が出来ない愛。確かに病的だと思います。
きぼう屋さんのブログの中にある、
> 愛する。これは何の条件もまったくいらない中で
> なぜか、他者の苦しみ痛みが、こちらにそのまま入り込んでくるというものではないか。
> 1歳の息子が転んで額をうったりしたら、こっちまで痛いのだ。
> 小2の息子が友達にいじめられたら、こっちまで痛いのだ。
・・・という部分にすごく共感しました。(^^)
> 今のこの国の流れを止めたい!!
そう思って行動する人、声を出す人が増える事、ささやかでも自分がその一部になることで、変わっていく未来があると信じてます。
投稿: ぷら | 2006年9月20日 (水) 02時47分
●なめぴょんさん、補足トリビアです。
「実は今のハイグー者と最初に会った時」もとい、「実は今のハイグー者と初めて一対一で会った時」でした~。(^^;)
はじめて出会った時にすでにワシの性格知ってたら怖いよな・・・。
長期の電話&手紙交換の後、付き合うことになったのだ。(当時はまだ「ケータイ」とか「メール」とかなかった時代・・・サイバラもまだマイナーだった。トシがバレる~。)
投稿: ぷら | 2006年9月20日 (水) 19時57分