2006年11月13日 (月)

ああ、この感じ、懐かしい。

じつに、3週間ぶりに、「座って」パソコンの前にいます~~~(^^;)
部屋ぐちゃぐちゃでとても落ち着いてパソコンできる状態じゃなかったのだ。(^^;)

ちょっとしたきっかけで、部屋の大改装始めたら止まらなくなって・・・
この状態でブログ生活に戻ったらたぶん一生部屋片付かないだろうと思い、そんな事になったら家庭崩壊かも(!!)と、数日間「禁パソコン」を誓ったのが、あれよあれよと十数日。
ついでに酒びたり夜型生活ともオサラバすべくぷち肉体改造(??)よる11時になると自然に目の皮たるむヘルシー主婦に大変身。
コドモとすごす時間も増えて、このままブログなんかやめて、新聞なんか読まずに、「雅姫さん」や「千秋」の出してる本のやうなライフスタイルにしようかしらなんて脳内誘惑もちらほら。

そんなこんなで、イイワケを書いたらキリがないほどいろいろあって、はからずもロング充電、「オマエは曲書けなくなったミュージシャンかよ!」状態でした~~。
気付いたらココログのアクセス解析がグレードアップしてるし、気分は浦島太郎です。

ブログ書くためにスクラップした新聞記事や雑誌だけで、20センチくらいの厚さになってた・・・(^^;)
なのにほとんど頭に入ってないとはナサケナイ・・・・。

これからは、あまり頭でっかちにならずに気楽に細く長く続けていきたいものよのう。
TBやコメントへのお返事も出来ず、本当にゴメンナサイ。m(_ _)m
読んでくれてた友人に、「休むんなら一言書いときなさい!心配するでしょっ!!」と一喝されました・・・(^^;)
日常時間とネット時間って、ずいぶん流れるスピードがちがうのね・・・しばらくは時差ボケだろうなあ・・・

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2006年10月17日 (火)

長期メンテでお休みだよ~

毎日のぞいて下さる皆様、あたたかいコメントや中身のあるTBを送ってくださる皆様、本当に感謝々々です。
書きたいこと、お返事したい事は山ほどあって、脳味噌はちきれんばかりのワタクシですが、最近パソコンに向かう時間が激減しています。
それもそのはず、

1) ここのところのミョーな政治情勢でげんなり、
2) 私生活でも行事が多すぎてげっそり、
3) ブログを開けばスパムTB&コメントがワラワラでうんざり、

・・・の三重苦。

さらに17日~19日まで、ココログがメンテナンス期間との事、
ここは前向きに考えて、ちょいと息抜き、ってコトで、休み明けには「三重苦」から開放される予定。(希望)

人形写真でも撮りためて、ひさびさにUPしようかなあ?
それでは、また明々後日!!(*^^*)

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2006年10月 5日 (木)

うまれかわり (ドールコレクターが喋りまくる死刑廃止論)

さて「死刑廃止論行脚」5件目は・・・

華氏さん宅近くの公園を後にした麗子さまご一行、車を走らせている。窓からは、同じような形をした小さな家が積み木のように並ぶ宅地風景。
「まあ。ずいぶんと玩具みたいな家並みね。」そのなかでもひときわ玩具めいた(ピンクの壁に赤い屋根の四角いお家)の前で車は止まる。

玄関を開けて小さな土間をまたぐと、応接間も無く、すぐに「生活スペース」へと通されアゼンとするお嬢様。

「ようこそ。気取っていても仕方ないと思って、あえて普段どおりです。」と、リプトン印の紙のついたティーバッグが入ったストレートティーをお盆に乗せて持ってくる住人「ぷら」。一応「上流階級は紅茶」という思い込みのもと気遣いはしているものと思われる。(ちなみにこのティーバッグは当然再利用される)

お嬢様ご一行部屋を見渡ししばし絶句。「これが噂のコレクタールーム・・・・」壁にも棚にも、床の上にも、無数の「ハードプラスティックドール」や古い縫いぐるみが、所狭しと並べられている。

麗子 「わたくし、大勢の瞳に見つめられて、何だかクラクラしてきましたわ。それにこの狭さ・・・」

すかさず、「いや~ここ来た人は、皆そう言うんですよ~。ワシなんかは、顔の付いたものに囲まれてると、なんかこう、落ち着くというか、癒されてしまうんですけどね~。」と、ぷら。

ふと目をを横にやると、そこには手、足、頭、胴体がバラバラになった人形たちが。

ぷら 「ああ、それはこれから、古くなったパーツを付け替えて、きちんともとの形に戻すの。ぼろぼろになった人形を、少しでも当時の状態に近付けるのも楽しみの一つでね。」

麗子 「人形は、昔からお好きですの?」

ぷら 「子供の頃から人形には癒されていたよ。でも、接し方は今と180度違っていたけどね。」

麗子 「と、いいますと?」

ぷら 「子供の頃はね、人形を壊すのが趣味だったの。」

早口でぷらは続ける。(どうもこの人、自分のトラウマについて語りだすと周りが見えなくなってしまうらしい。)

「今でこそ初対面の人にもタメ口のワシだけどね~。ワシの両親は、それはそれは躾の厳しい人たちで・・・家族の中でも敬語使うことを強制させられてたよ。母親にも、言う事聞かないとしょっちゅうピシピシたたかれてたなあ・・・。口答えするんじゃありません、屁理屈には聞く耳持ちません、って、反論も全く受け付けてくれなくてねえ・・・ものすごいストレスだった。で、それを何で発散してたか、つうと、人形。」

玲奈 「当時はバービーちゃんとかタミーちゃんとか、リカちゃんとかが流行ったのよね。」

ぷら 「そうそう。それで、ワシもけっこう沢山持ってて。で、身ぐるみはがして、髪の毛引きちぎって、手足、首をもぎ取って土に埋めたりして遊んでた。何か、『こうしなきゃ気がすまないっ』って感じの、強い衝動で。母の手作り布人形なんかも、変形するまで引っ張ったり、何度も何度も壁に叩きつけたりしてね。で、人形に向かって、母が私に言ったことと同じセリフを言ったりして。人形に『私』を投影してたんだね。自分がやられてるのと同じ事を、人形にやって辛うじて精神のバランスを保っていたような・・・・。」

玲奈 「うわ・・・ぷらさん、自分が苦しめられたら誰かほかの人に復讐したい、という情動を生々しく経験したのですね。」

ぷら 「自分でもあの頃振り返るとぞっとするよ。だって、『壊したい』って衝動が、人形から小動物へ、最終的には人間へと向かって行ってたからね。たまたまワシが女で『非力』(ナイフ振り回して大量殺人するほどの体力がないという意味で)だったことと、ギリギリのところで、友人や恋人の存在が家族というトラウマから開放させてくれたことが幸いして殺人犯にはならなかったけど、10代の頃は、かなりキワドイ心理状態だったと思うよ。だから、殺人犯の心理もわからなくはないんだ。」

玲奈 「みんながみんなこういう経験を持っているわけじゃないけど、『こんな奴は死刑にしろ』とつるし上げにする前に、その犯罪者の背景を理解しようとつとめることは必要ですよね。」

ぷら 「でも、凶悪事件が起きると、母が言うのよ。『ホントにひどい!こんな犯人、死刑にしても足りない、私が被害者の親だったら、犯人の目玉をくりぬいてなぶり殺しても足りないくらいだ。』ってね。正義感に燃えた、激しい母だった。で、その激しい正義感のために、我が子ががんじがらめになってるって事にも、全く気付いてない。でも『良い子』を演じる事が板についてたワシは、もう反論する気も無くて、笑顔で『そうね。』と答えつつ、心の中では、『その鬼畜殺人犯とオマエの可愛い娘は、もうすでに紙一重だよ~~ん!残念でした!』と、舌を出していたものだ。(爆)」

玲奈 「うわ~ぷらさん、瞳孔開いてきちゃってるよ。大丈夫かなあ?お嬢様をここにお連れしたのは失敗だったかしら?」

麗子(小声で) 「ばあや、私怖いわ。」

ばあや 「お嬢様、もうすこしお話を聞いてあげましょう。言いたい事言い尽くしたらたぶん落ち着くのではと思いますよ。こういう珍しい人の存在を知るのも社会勉強の一部です。」

ぷら 「同じ小学校に、親に酷い虐待を受けている男の子が居てね、うちの場合は主に言葉の暴力とストレスだったけど、その子の場合は体罰。いつも生傷が絶えなくて、おどおどした感じの子だった。殴る蹴るの他にも、煙草の火を押し付けられたり、水のお風呂に入れさせられたりしてるんだ、などという噂がまことしやかに流れていて・・・にもかかわらず、誰もその子を助けようとしなかった

それからだいぶたって、近くの町で女の子が殺された。犯人がその男の子だと知ったとき、『やっぱり』と思うのと同時に、『それでも彼も被害者なんだ』という気持ちが、どうしても消えなかった。『彼は、自分が親にされたことを、自分より弱い子供にしてしまったのだ』って。」

ばあや 「ぷらさん、その男の子にご自分を投影なさったのですね。」

麗子 「ぷらさんにとっては凶悪犯とて被害者。だから死刑には反対なんですのね。」

玲奈 「バダンテールが演説で、こう言っています。
犠牲者の不幸と苦しみについては、それを引き合いに出す人々よりもずっと、私は自分の人生の中でひんぱんに、その影響の広がりを確かめてきました。犯罪が人間の不幸の遭遇点であり地理的場所であるということを、私は誰よりも熟知しております。犠牲者自身の不幸と、それ以上に、犠牲者の親族や近親者の不幸があります。また、犯罪者の親族の不幸もあります。そして、たいへんに多くの場合、殺人者の不幸もあります。そうです。犯罪は不幸であります。そして、感情、理性、責任感ある男女には、まずその不幸と闘おうと望まない者はいないのです。
って。死刑にすることが本当にその不幸と闘うことかどうか、想像力を精一杯はたらかせなければいけませんね。ぷらさんの話のおかげで、少し実感できたような気がします。」

ぷら 「そう、『殺人者の不幸』は必ずあると思う。凶悪犯罪を起こすような人格が出来上がるのには、かならず原因がある。それを解明する事こそが、これから起こりうる犯罪を事前に防ぐ事にもつながるんじゃないか、って、まず考えてしまうなあ。
とはいえ、やはり殺人は罪だから、罰を受ける必要はある。ただ、その罰として死刑はふさわしくない。自分の経験からしかものが言えないけど、無差別に人を殺したくなるほど追い詰められた人間は、自分が死ぬ事も怖くない。現に私自身、殺したい衝動と、自殺したい衝動は常に表裏一体だったし。そしてどうせなら『派手に死にたい』とまで願っていた。

だから、池田小の事件がおきて、宅間被告が『自殺するつもりでやった』と発言したときも、やはりこういう人物があらわれてしまったか・・・という思いは否定できなかった。悲しい事だけど・・・。あと、テロリストなんかも、殉教は名誉な事なんだから、死は恐れないよね。
だから、自暴自棄で死を望む人間にとっては『終身刑』のほうがよほど怖いんじゃないかなあ。人間性が戻ったときに、自分の罪と向き合わなければならないから。自由を奪われた上に死ぬ事もできず、いつかどこかで、必ず自分の犯した罪を悔やむ時が来るから。その瞬間は死よりも苦痛だと思う。」

ばあや 「バダンテール演説には
彼らの行為がどれだけ恐ろしくどれだけ憎むべきものであろうとも、完全な有罪性を持ち永遠に完全な絶望の対象にならなければならない人間はこの地上にはおりません。
という言葉もあります。凶悪犯だって、子どものことはそうではなかったと思います。凶悪な犯罪者に人間性を見ようとする努力をせずに死刑にするような社会は、犯罪者でない人々にも冷たいんじゃないかとも思います。」

麗子 「生まれながらの悪党はいないわけですね。バダンテール『そして、死刑は廃止された』という本には、極悪犯として裁判にかけられた者たちのことも書いてありますが、根っからの悪人はいないように思いましたわ。」

玲奈 「人間を信じないで、死刑制度を残していると、人心がますます荒れていくように思います。」

ぷら 「加害者には、刑務所の中で、とことん自分と被害者に向き合ってほしい。何故自分がこのような人生を歩むに至ったか、なぜ罪を犯したかを、一生をかけて考え抜いてほしい。そして生きているうちに本心からの謝罪の言葉を語ってもらいたい。それこそが、被害者やその家族をも救う事になると。人は変われるという希望も込めて・・・・・。結局、ワシは人の心の可能性を信じたいのかも知れない。」

ばあや 「人は絶望を乗り越えたときに必ず変われると、ぷらさんは信じていらっしゃるのですね。」

ぷら 「お、さすが年の功!わかってらっしゃる~(^^)ってことで、麗子お嬢様、今のワシはぜんぜんコワくないっすよ~。」

玲奈(冷めた紅茶をすすりながら) 「トンデモない人のところへ連れてきちゃったかな~。」と内心苦笑。

ぷら(人形をさすりながら) 「だからまあ、今はこうやって壊れた人形を、元に戻す作業に癒されたりするワケなのだ。
箱入りでほとんど遊ばれていない人形は、髪や衣服の乱れもなく顔も美しくて、そりゃあコレクターの憧れだよ。でも、どこかが欠けていたり、髪の毛やまつげが取れちゃってたり、目玉が中にずれて落ち込んでるような、ほとんど死体のような状態でやってきた人形を修復している時が、一番人形に感情移入している時かもしれないなあ。
ただの『モノ』に向かって、『まっててね、今もとに戻してあげるからね、もとの愛される姿にして、幸せだった頃に戻してあげるからね。』ってつぶやきながら、ヤスリをかけたり、セメダインでくっつけたり、ボディーの内側に手を突っ込んで、目玉やゴムを固定したりする。
人形を再生する作業を通して、過去に壊した人形達とともに、私のタマシイも癒されるっていうか・・・今まで失ってきたものの一部を、人形を修復する事で取り戻してるような、そんな感じなんだなあ・・・。」

玲奈(心の中で) 「やれやれ。すごい感情移入。さすが人形オタクね。」

麗子 「ぷらさん、この人形の量・・・失ってきたもの、ずいぶん多うございましたのね。(やや引き気味)」

ぷら 「調子に乗って、もうちょいうんちくっちゃって(ウンチ食っちゃってじゃないよ、薀蓄っちゃってだよ。)いいかな?・・・・姿かたちの可愛らしさと珍しさで集め始めたハードプラスティックドールだけど、ある時イギリスの売り手さんから、興味深い話を聞いたんだ。」

3人 「ふむふむ」

ぷら 「もともと初期のプラスティックって、飛行機や銃などの部品に使われていたんだって。それが、第二次世界大戦が終わって武器の需要が減って、大量に余ったプラスティックをどうしよう、って事になったとき、その有効利用の一部として誕生したのがハードプラスティックドールなんだって。」

玲奈 「だからハードプラスティックドールは1945年以降に米英でさかんに作られるようになったのね。」

ぷら 「そうなの!万一戦争が長引いていれば、ワシら日本人を殺す道具になってたかもしれない素材が、こうやって子供を楽しませる人形に生まれ変わったなんて、劇的でしょ?!その話をきいて、ワシはますますコイツラが好きになったってワケ。しかも、『人を殺すものが人を喜ばせるものに生まれ変わる』なんて、まるで生まれ変わったワシみたいじゃん。」

麗子 「素敵なお話ねえ。人形の世界から人間の世界を見せていただきました。ぷらさん、私、貴方を少し誤解していましたわ。」

ばあや 「お嬢様、やはり『違う世界』へ来てみた甲斐がありましたね。」

麗子 「違う世界といえば、外国はどうなのかしら。そういえば、何年か前に死刑廃止が取りざたされた韓国は今どうなんでしょう。
そうだ、ハムニダ薫さんというお姉さまが韓国にいるじゃありませんか。麗子、韓国に行きたいわ。韓国料理も食べたいわ。」

玲奈 「それはいい考えです、麗子さん。ばあやさん、いいですよね。」

ばあや 「そうでございますね、お嬢様の勉強になるのでしたら。」

玲奈 「そういえばお腹がすいてしまいましたね。あのかた、喋りっぱなしでしたから・・・・。」

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2006年10月 1日 (日)

日常会話で君が代、日の丸

● 「卒業式に君が代を歌わないだけで処分されるのは、おかしいよね~。」

当然、「うん、やりすぎだよね。」的な言葉が返って来るものと思って発した一言だったが、そのママ友達は、
「でも、卒業式の規律を乱すほうが迷惑なんだから、処分されて当たり前なんじゃない?だいたい、歌うか歌わないかでそんなにゴネてもしょうがないよ。」と当然のように仰るではないか!

「本来子供たちに規律正しさを指導しなければならない立場の教師が、自ら規律を乱すのは好ましくない。」
一見もっともらしい意見だけど、違和感を感じた私は、「でも、君が代の歌詞の意味を知れば、歌いたくない人がいるのもわかる気がするけどなあ・・・。」と、マイルドに突っ込んでみた。

するとそのお母さん、「え?歌詞の意味?何それ?」とケロリ。
問題の本質を一切知ろうともせずに、一方的な情報だけで善悪を判断する姿勢に「頭クラクラ」の瞬間だった。
教師が卒業式を乱してまで、処分されるというリスクを覚悟してまで取った行動には何か理由があるとは、思わないのかね?!

●ここでちょっと君が代の歌詞のルーツ。

今から1100年も前の「古今和歌集」の中に存在した「わが君は ちよにやちよに さざれ石の巌となりて 苔のむすまで」 読み人知らずのうただったらしい。
それが平安末期頃、「わが君は → 君が代は」という形うたわれるようになり、おめでたい場合の舞などに取り入れられ、大衆の幅広い支持を受けてきたのだそうだ。
この時点では、君=天皇とは特定されていなかったみたい。

明治時代になると、「日本にも国歌が必要」と考えた薩摩藩の大山巌らが「君が代」の古歌を選定し、1869年(明治2年)イギリス公使館の軍楽長に作曲させたのだそうだ。
雅楽っぽいアレンジで、曲もかなり古くから付いていたと思い込んでいたので、「メロディーは約140年前の英国製」だった事には少し驚いた。

明治2年といえば、戊辰戦争が終わった年で、この戦争での朝廷がたの戦死者を慰霊するために、東京招魂社(靖国神社の前身)が創建された年でもある。日本が「欧米化」に向けて突き進んでいた時代だと考えると、「作曲は英国人」というのも不思議ではないのかもしれない。「天皇制」自体が、欧米の一神教「キリスト教」をモデルにして作られているわけだし。

そして1880年(明治13年)、宮内省雅楽課の林広守らによって、現在の「君が代」の楽譜が完成されたということだ。ちなみに初演は同年11月3日の明治天皇誕生日で、この時点ではすでに「君=天皇」になっているようだ。で、1893年(明治26年)に「小学校儀式唱歌用歌詞並楽譜」において祝日大祭日の儀式で歌うこととされたのだそうだ。
戦前の国定教科書には、以下のように書かれている。

> 我が國の祝日や其の他のおめでたい日の儀式には、國民は、「君が代」を歌つて、天皇陛下の御代萬歳をお祝い申し上げます。
> 「君が代」の歌は、我が天皇陛下のお治めになる此の御代は、千年も萬年も、いや、いつまでもいついつまでも續いてお栄(さか)えになるやうに。」といふ意味(いみ)で、まことにおめでたい歌であります。
> 私たち臣民が「君が代」を歌ふときには、天皇陛下の萬歳を祝ひ奉り、皇室の御栄を祈り奉る心で一ぱいになります。

こうやって、天皇=神という「一神教的な構図」が作られていったんだね。
君が代の「君」が「天皇」とイコールになって、それとほぼ同時進行で欧米化が進み、海外に向けての戦争ばかりの歴史と共に、国民を一つにするアイテムとして登場した「君が代」。
たかが歌なのかもしれないけれど、過去にその歌が果たした役割は、やはり大きかったのだろうと思う。
だからこそ、「君が代」を、金科玉条のように敬う人がいるのと同時に、歌詞を聞いただけで拒否反応を示す人もいるのだろう。

●今度は、日の丸について。

苺に林檎にサクランボ、トマトにイクラにてんとう虫・・・「赤くて丸い」ものに何故か心癒される私は、ハードプラスティックドールにもよく似合う「白地に赤い水玉もよう」の生地が大好き。

「白地に赤ドット」、といえば、連想するのが、母が子守唄代わりに唄ってくれた「白地に赤く・・・」の歌。
日本の国旗、日の丸の歌である。
戦争中もさほど苦労した事がなく、どちらかというと「右」だった母は、「兵隊さんよありがとう」とか「君が代」なども子守唄のレパートリーとしてフツーに唄っていた。私はそれが「フツーの感覚」として育った子供だった。

だから私にとっての「君が代日の丸」は、幼少時の母との思い出の一部でしかなく、個人的には、「国旗に対するアレルギー」は、さほど無いほうの部類だった。
運動会で校庭に万国旗とかが飾られるとワクワクするし、「民族衣装」とか「イッツ ア スモールワールド」的な世界が好きな私は、日の丸のデザインも、けっこう可愛いじゃん、などと思ってしまう事がある。

日出処の天子、那須与一が射た扇の紋様、合戦の旗印など、丸い太陽のデザインの歴史は古いのかもしれないが、「国旗」としては、黒船来航以降日本の船が多くの外国船と接するようになった時、「国籍を見分ける」というような、合理的な目的で使われていたのが最初なんだと思う。

近年でも、オリンピックやワールドカップのような国際的なスポーツで、「競技中にどちらが自分の応援している国かわかりやすくするため」「自分がどの国を応援しているかアピールするため」のアイテム(シンボルマーク)として国旗を使うというのは、理にかなっている。
日本の国旗がはためくのをを見ると熱くなる人にスポーツ好きが多いというのも気のせいではないだろう。私も幼少時、オリンピックで日本が優勝したときに揚がる日の丸にトキメいたクチだ。

でも、「教科書が教えない歴史」で有名な「自由主義史観研究会」のHPによると・・・

> 国歌や国旗に対して敬意をはらわなければいけないのは世界の常識です。
> 行事や式典などで国旗が掲揚されたり国歌が斉唱される場合は、たいていは起立して敬意を表します。
> 国によっては右手を胸にあてたり軍人は額の横に手をあてて敬礼をしたりします。


・・・って、「真ん中に赤い丸がついたり青や赤で模様がプリントされてる一枚の布」に対して、ここまで「敬意」を払わなければいけない理由は何なのだろう?これって偶像崇拝じゃん、って思ってしまうのは私だけだろうか?

そう思い、戦争中の日の丸の扱われ方を少し調べてみると、検索でトップにでた「たむ・たむページ」さんの「国旗・国歌のページ」に膨大な資料が・・・!(以下一部引用)

> 「日の丸」は、外国に対しては標識・船印であったが、国内に対しては天皇制権力のシンボルとしての役割を国民に対して果たした。
> そしてそれは、1889(明治22)年の大日本帝国憲法発布ごろから、析にふれ、事にふれて強調されるようになり、日清・日露戦争のころには戦意高揚の国家スローガンとして利用された。
> その後、満州事変・日中戦争・太平洋戦争へと戦端の拡大とともに、君が代と一緒に、軍国主義・国家主義の高揚の大役を担わされるようになるのである。

> つまり日本帝国軍が、海外、特にアジアにおいて「日の丸」を先頭に武力行使を行い、占領した地域で必ず日の丸を立てたため、中国をはじめアジアの各地域では、「日の丸」を悪魔のシンポルのようにおそれ、僧んだのは当然の帰結であった。


国民に対しても、「国旗を尊重すること即ち皇室の尊崇であり、国旗を尊重すること即ち国体の擁護である」という思想が植えつけられた。
戦地へ赴く兵隊さんにいっせいに日の丸を振って、心の中の悲しみを表に出すことすら許されず、「バンザーイ、バンザーイ。」と繰り返す光景、日の丸にびっしり寄せ書きや千人針をしたものを腹に巻いて敵陣に突っ込んだなんて話も聞く。軍歌や唱歌にも日の丸を題材にしたものは多い。

日の丸を見るとその時の悲しい思い出がよみがえってしまう人、そんな悲しい戦争の思い出が、ずっと「日本の象徴」であり続けることに違和感を持つ人も少なくないだろう。

そんな風に、君が代、日の丸の歴史をふりかえってみて、
「熱心で生徒思いの先生ほどこの問題を深刻に考えてしまう」というのがわかるし、「なぜ戦争で負けたときに新しい国旗や国歌をつくらなかったのだろう?」と不思議に思う。

●よその国を見てみると

国の情勢が大きく変わった時には、国旗や国歌も変えられているし、それらへの接し方も、一部の全体主義国家を除いて日本よりもおおらかでアバウトなようだ。(←お玉さんのところで村野瀬さんが紹介していたページです。)

話はそれるけど、昔みた「まんが日本むかし話」で、題名もわからないのに記憶に残ってる話がある。
村にあるお地蔵さんを、子供たちが首に縄をつけて引っ張ったり、上に馬乗りになったりしながら遊んでいる。それを見た大人たちが、「お地蔵さんを粗末にするでねえ!ばちがあたるで!」と叱りつけて、その後子供たちは、大人の言いつけを守ってはお地蔵さんを丁寧に扱う事になったのだが、ある日大人たちの夢枕にお地蔵さんがあらわれて、「子供たちとあそばせてくれ~。」
それで、今までどおりお地蔵さんと遊べるようになって、子供たちもお地蔵さんも大満足でめでたしめでたし、ってお話。

日の丸、君が代に対しても、このくらいおおらかで良いんじゃないかなあ?
君が代のメロディーの生みの親である英国の国歌も、「女王様」という一人の人を称えた歌詞になってる。そう言う意味では日本と似ていなくもないけれど、英国王室には日本ほどタブーがないように感じる。(英国人じゃないから断言は出来ないけど。)

1950年代には英国ぺディグリー社から、エリザベス女王とチャールズ皇太子、アン王女のキャラクタードールが出ているけど、服を脱がせたり撫でられまくったりしてぼろぼろになる可能性の高い幼児向けの人形を作らせちゃうなんて、英国王室、太っ腹だ。
パンクムーブメント時にもいろいろいじくり回されてるし、ダイアナさんは太った水着写真とか撮られちゃうし、ユニオンジャックもTシャツ、タオルのみならず、ティッシュケース、紙箱や貯金箱なんかの日常品にも使われて日本の100円ショップでも山積みされてるし、良くも悪くもノリが軽い。そしてその分愛されているような気がするのだ。

●私の好きな歌の一つに「イマジン」がある。

「この世から戦争をなくし、国境すらなくすほどの危険な音楽」なのだそうで(← ある友人からこのように紹介されて、大槻ケンヂ氏の「イマジン特攻隊」を読んだ。)確かに、アメリカやイギリスでは、歌うのを禁止している所もあるし、私を統一協会の魔の手から救ってくれたくらいまったく「危険な」音楽(爆)だ。

万一国歌が「イマジン」だったりしたら、たぶん私は嬉しい。
だけど猛反対する人たちが、当然出てくる。そしてもしその人たちに国がなんらかの強制をしたら、私は悲しい。内容以前に、国旗国歌とは、「強制」してまで敬意を払わねばならないもの、神格化しなければならないものだと、私は思わない。

「人間として、日本人として、国旗や国歌に敬意を表するのは当たり前」なんて言ってる輩がいるようだけど・・・想像してごらん。もし日本の国歌が「イマジン」で、それを歌わないと処罰されて、強制的に起立させられ、きちんと歌っているか声の大きさをチェックされる世界を・・・。

喜んで、「イマジン国歌」に敬意を払って起立する気に、なりますかね?
いくら私が個人的に「イマジン」を好きでも、もしそれが、多くの国民を強制させる道具に使われたとしたら、やっぱりイヤだな。そしたらやっぱり、「イマジン強制反対!」とか言ってるかもしれない。
もっとも、「国なんてない事を想像してごらん」って歌詞を、国が歌えと強制する事ってありえないんだけどネ・・・(^^;)

結局の所、私は「国家に何かを強制させられる」のが、イヤなんだと思う。右も左も関係ねえっ!!
そういう意味でも、今回の東京地裁の判決は、画期的だったんじゃないかな。

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2006年8月25日 (金)

小出し リアル日常会話

仕事中の会話。


「日本文化の良い部分が消えて行きつつあるね。」
「それに、どんどん治安が悪くなる。」
「靖国に参拝しただけでヤイヤイ言ってくる国が近くにあるんじゃたまったもんじゃない。」
「日本はアメリカの州になるしかないんじゃないの?」
「そうすればアメリカは日本を守ってくれる。それしかない。」

「今の若い人は、毎日仏壇に手など合わせないだろうね。」
「そんな事ありませんよ。家に仏壇が無くても、特定の宗教を信じていなくても、何かしらの形で手を合わせる習慣はあると思いますよ。」
「そうかなあ?じゃあ、なぜ小泉総理の靖国参拝に否定的な人があんなに居るんだろう?死者の霊に手を合わせることがいけない事とは思わないのだが・・・。」
「『天皇のために死ねば神になる』と信じ込ませて、戦争で死ぬ事を肯定した神社だからじゃないですか?」
「戦争中だったのだから仕方なかったんじゃないかな。」

・・・小泉さんが8月15日靖国参拝を決行して以来、本来 政治的、宗教的話題はタブーのはずの職場でさえ、「軽いノリ」で、こんな会話が飛び交っている。あいかわらずコイズミすごい影響力である。(^^;

それにしても、「古き良き時代の日本が消滅しつつある事を嘆く」御仁が、同じ口で「アメリカに守ってもらおう」と言うのだから世も末だ。(この会話、ヤラセじゃありませんよ、念のため。ワシも横で聞いていて目が点だった。)

二番目の会話は、私と上司の会話。もちろん敬語で喋っている方が私。
この上司、信心深くて悪い人ではないのだが、日常会話でも、仏教と古代神道と国家神道を混同していて、「信仰心」と「カルト宗教」の区別がつかない人である。

で、ふと思う。ひょっとしたら日本人の少なくない「フツーの人」達が、これに近い感覚なんじゃないかって。

私の周りでは、「アメリカは日本を守ってくれる」「悲惨な事件が起きるのは戦後教育のせい」「総理の靖国参拝を墓参り程度の軽さで考えている」人が圧倒的に多いのでけっこうストレスだ。

ここを読んでる皆さんも、「コイズミ靖国参拝」を機会に、家族で、職場で、友達同士で、さりげな~く「戦争」や「靖国」や「日米関係」なんかについて、意見を交わしてみると良いかもしれない。場違いな空気に引かれるか、ストレスが溜まる事必至かも知れないが・・・。(^^;)
お年寄りにナマの戦争体験を聞いてみるのも、おススメである。(あと数年後には、そんなチャンスめったになくなるかも知れないので。)

・・ってコトで、前回のエントリーのコメント欄、いろいろ考えさせられる書き込みがいっぱいなので、(皆さんありがとう!)ぜひぜひ読んでみてください!

今からNHKスペシャルの再放送観なきゃいけないので、今日はこのへんで。
週末は靖国問題のつづき&ひさびさの人形ネタ予定しとります。今日は手抜きでSorry~~~(^^)/~~

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2006年8月15日 (火)

小出し ちょっと良い話かよ

TB、コメントくださっているみなさん、ありがとうございます。
ホント嬉しいです。(*^^*)
ここのところ、自分の無知ぶりにウンザリする毎日ですが、
いろいろ考える良いキッカケになっています。

この季節になると、戦時中の事を扱ったドラマをTVで多く放送するようになる。
「ひめゆりの塔」とか、「私は貝になりたい」とか、「蛍の墓」などは、立場や思想に関係なく心を打つお話として人気があるようだ。

昨日も、お義母さんが「蛍の墓」の再放送を食い入るように観ていた。
彼女は戦争中に疎開で親戚の家に同居させてもらって、毎日慣れない肉体労働に従事させられ、少しでもヘマをすると「だから都会モンは・・・」と冷ややかな目で見られた経験があるらしい。
ケガをしても満足な手当てもしてもらえず、起き上がれないほど体が痛くても、翌日からはまた労働の毎日。
それでも与えられる食事はその家の子供よりずっと少なかった。

だから、「蛍の墓」の主人公の兄妹の気持ちが、実感としてわかるのだろう。
でも私は、冷たい叔母へと変わって行く松島奈々子が演じる役柄にも感情移入できた。
食べる物が無いこと、家族を失った者の絶望と不安、自分が生き延びるためには他を犠牲にしなければならない現実。やさしい母をそこまで追い詰めてしまう戦争というものの愚かさを感じる事の出来るドラマだった。

そういえばお義母さんの知り合いで、敗戦と同時に大陸から引き上げてきた人がいたのだが、船に乗るために橋を渡っていたら二人の子供が「こわいよー。」と泣き出して泣き止まず、「このままだと見つかってしまうから殺してしまえ。」との周囲の目に耐え切れず、二人とも手を離して、海に沈めてしまったそうだ。
このような話を私はネットでもTVでも聞いたことがある。本当に、「少なくなかった」事件なのだろうと思うと胸が痛む。たった61年前の事なのだ。

さて我が家では、いわゆる「嫁姑問題」がない。
それはひとえにお義母さん心の広さゆえ。

彼女は疎開先でずいぶんいじめられてきた人なのだが、そのたびに、
こんな苦しい思いは、他の誰にもさせたくない。」と、思っていたそうだ。
だから私みたいな、酒飲みで家事が苦手なのがヨメに来ても、とってもフレンドリーに接してくれる。

でも世の中には、自分が受けたつらい仕打ちを、連鎖させてる人が少なくない。
たとえば部活。新入生の頃に先輩からシゴキを受けたから、今度は上級生になったとき、新入生をシゴキ返す、というパターン。これは意図的なもの。
また、虐待を受けて育った子供が、大人になったら自分の子供に虐待していたというケース。この場合は意図的ではないのかもしれないが。

そのような「暴力の連鎖」は、どこかでストップをかけないかぎり、なかなか断ち切れるものではない。
その最大なものが「戦争」なのだと、私は思う。

なんて、エラソーなこと言ってるけれど、私も結婚するまでは「目には目を」「臥薪嘗胆」の人だった。(^^;)
この「お義母さん」が、ホントに良い人だったので、私も「ハイジのおかげで改心?したおじいさん」みたくなれたのかも。と、思ったりする。

小ネタ続きですが、とりあえず、頭カラッポにしたいので。
つづく。

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2006年8月 8日 (火)

悪はフィクション・・・かも?!

たいへんな読書家で、私がけっこう尊敬(信頼?)していたある友人が、こんな発言をしたのでびっくりしてしまった。

「理想は高ければ高いほど実現不可能なもの。そんなものを追い求めるのは無意味だ。」
「人間の愚かさは有史以来変わっていない。ゆえに今後も戦争は無くならない。」
「人間が平等である社会などありえない。強者が弱者を支配するのは当たり前。」
どうせ支配されるならマシな支配者がいい。」
「アメリカが正しいとは思わないが、金正日やフセインやヒトラーや東条英機に支配されるよりはマシ。」

・・・オイオイ。そんなに「長いものに巻かれ」ちゃって、良いの?!

ちなみに「東条英機よりアメリカの方がマシ」発言でもわかると思うけど、
原爆落して日本の戦争を終結させてくれてありがとう」史観の持ち主であり、
人類は地球にとって有害であるから滅びるべき」という思考回路の持ち主であるらしい。

・・・・・あー、ねー。

たまにはこーゆー「正反対な人」の意見を聞くのも、面白いね。
でも、なんだかんだ言って、生きているわけだし、生きるからには楽しい事追い求めたいし、希望は失わずに行こうよ、○○ちゃん、と、思うわけだ。
まあ、そういうことも含めて、ワシはこの世の中が好きなのだけどね。(つうかただ単に「暗いヤツ」が好きなのか~?!面白いから。)
日常生活では、「思想的に反対の人」でもけっこうイイやつ、魅力的なヤツ多いしね。

ここで終わろうと思ったんだけど、
逍遥録さんが、パレスチナ問題に対する「NHK週間こどもニュース」の記事を引用して、興味深いエントリーを書いてくださってます。

難しいパレスチナ問題を、こどもにもわかるように解説している「NHK週間こどもニュース」。
でも、肝心な事が書かれていない。(以下一部引用)

> 切れ切れに説明されているこれらの部分を読むと、ヒズボラと云う武装グルゥプが、イスラエル人を拉致して、犯罪者を釈放させようとしていて、しかもその背後にはシリアとイランがいて、武器や資金を提供している――と云う風に思えてきませんか?

> どうしてそこに、イランやシリアの名前が出てくるのでしょうか?


> だいたい、捕虜奪還と云いながら、なぜ空港や発電所を破壊する必要があるのか?


> ソコまで踏みこむのであれば、もっと露骨なカタチでイスラエルの後押しをしているアメリカの存在を、きちんと説明しなければいけないはずです。


> 国連の安保理事会(大国の政治ゲェムの遊戯台にすぎないが……)で戦争を停止するように働きかける動きも、アメリカが阻止しようとしています。


> それなのに、アメリカというキィワァドは、ひとつも出てきません。


> たしかにウソじゃない。ウソじゃないけれど、きちんと公正に説明していない。だったらウソと同じ。

> 今、世界でもっとも危険な国、世界平和の脅威となっている国家は、北朝鮮やイランではありません。
> イスラエルとアメリカ合衆国です。

(引用終わり)


先日のニュースで、ヒズボラが約200発のロケット弾を打ち込んだと言っていました。それだけ聞くとすごい脅威のようですが、この時の200発のロケット弾でのイスラエル側の死者は2人なのです。(もちろん「人が死んだ」という事実は軽視するべきではないと思いますが。)新聞が伝える双方の死者、行方不明者をみれば、あきらかにイスラエルが「やりすぎ」ていることがわかります。にもかかわらず、「テロ組織ヒズボラ壊滅のために仕方がない」と考えている人が少なくないのには驚かされます。

冒頭に書いた「友人」なども、そんなアメリカ寄りのマスコミ報道に知らず知らず「騙されている」人の一人だと、私などは思ってしまいます・・・・

悪はフィクション」という言葉が、最近は頭から離れません。

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2006年7月17日 (月)

トラウマ② やられる前にやってしまおう

「紫の花」の一件(トラウマ①参照)で「親は私を守ってくれないし理解しようともしない」と悟った私は、「親の思い描く理想通りの良い子ちゃん」を演じる小学校生活を送るようになった。
流行の服を着ることもなく、流行っている歌謡曲や、みんなに人気のアニメのTVを見ることもなく、汚い言葉使いはせず、先生の言うこともハイハイとよく聞いて。気が付くと、周囲の子供達から著しく浮いた存在になっていた。

あとはお察しのとおり。最初は数人、それが女子全体に広がり、クラス全員から「無視」されるようになるまで時間はかからなかった。(あとで聞くところによると、クラスのリーダー格の女子が「あいつと口をきかないように」とふれまわっていたらしい。)

そのリーダーには数人の取り巻きがいて、リーダーの一声をその数人が皆に伝達する仕組みになっており、いじめは「無視」からだんだんエスカレートして、当番や荷物運びに誰も協力してくれない、教科書への罵詈雑言いたずら書き、靴を隠す、持ち物が捨てられる投げられる、プールの着替えのときに男子数人が周りを取り囲んではやしたてる、椅子に座らせてもらえないのにすわった格好のまま授業を受け続けるなど、心身ともにフルコースのいじめを味わわせていただいた。担任教師は当然気付いてもよさそうなものだと思うが、直接のリアクションは最後までなかった。

普通の家庭ならば、親に相談するという逃げ道があるのだろうが、我が家自体が父を中心とした「ファッショ体制」で成り立っており、さらに都合の悪い事には、両親とも「差別主義者」的傾向が強かった。
「朝鮮人」や「部落民」に対しても、「差別されるにはそれ相応の理由がある」「差別される方が悪い」というスタンスを私も信じ込まされており、「いじめにあうのは私に原因があるのだ。」と、まず自分を責めた。
加えて、「紫の花」ごときでうろたえる両親が、「理想的優等生のわが子が実はクラスでは村八分」なんて事実を知ったら、どんな反応をされるかわかったものではない。そんなわけで、私は「村八分」の事実を、絶対に絶対に家庭に持ち込んではいけないのだった。

心の中の自分との対話が救いだった。そのために「人形」があり、日記や絵画などの「創作」があった。しかし決して内にばかり引きこもっていたわけではない。案外冒険心と好奇心旺盛だったため、「行ってはいけない」といわれている場所に、コッソリ出かけていくようなところもあった。以前にも書いたが、本屋でエロ劇画あさり、廃墟や工場に忍び込むのも好きだったし、古くからある神社のお祭りに行くのも大好きだった。

ここでは毎年見世物小屋の興行があり、門構えのドロドロした雰囲気は刺激的だった。
「子供だけで入るとさらわれて見世物にされちゃうよ。」という噂がまことしやかに囁かれており、さすがに中まで入る勇気は無かった。
境内までの石段には、左右に「戦争被害者」という看板や布切れを掲げ、軍服を着た手足のない「元軍人」が無言のまま並んでおり、足元には募金箱、テープレコーダーからは軍歌が流れていた。
その音と、見世物小屋のオヤジのいかがわしいダミ声の口上とが重なり合って、匂い立つような幻想的な風景が鳥居まで続いていた。

実生活で「ファッショ」に痛めつけられて、「マイノリティーの声に出来ない苦しみ」を、痛いほど感じていた私は、この手足のないよぼよぼの「元軍人さん」達に、言いようのない親しみを感じていたが、それすらも母の「あんなの、乞食の資金稼ぎでしょ。」の一言で否定されるのだった。

幸い、いじめられている事については最後まで隠し通せたが、「思春期の大事な娘を男女共学でビンボー人割合の多い低レベルの公立中学なんかに行かせたくない」との理由で、私立の女子校に通うことになった。
ところが時を同じくして会社が倒産。その余波は周囲まで連鎖倒産させるほど大きく、ヤクザと債権者の靴でいっぱいの玄関からは危険すぎて入れず、毎日窓から出入りして学校に通うことに。
しかもこんなオオゴトになっているのにこの期に及んで親は「いじめられると困るから、この事は絶対学校では言っては駄目。」と、今さらながらピントのずれた心配をする始末だった。

そんな中、親族での会議が開かれ、おじやおばが「借金で他人に迷惑をかけておいて娘は金持ちのお嬢様学校に通わせるなんて世間が許さない。」と、私の公立学校行きをすすめるなか、「もともと借金は人の保証人になった事がきっかけなのだから、そのことで攻められる筋合いはない。今さら公立に行っても子供が虐められるだけだ。」と両親は譲らず、「保証人になるっていうのは、それだけのリスクがある事を覚悟の上でやるべきで、貴方(父)にも責任はある。他人に迷惑をかけていることへの自覚がなさすぎる。」と親戚の一人が言えば、「困っている人を助けて何が悪い!」と父が居直り、当然話し合いは決裂した。
それ以降毎日のように親からおじやおばのの悪口を聞かされるようになり、もはや親戚ですら味方ではなくなってしまった。

「お嬢様学校」の制服を着て出かける私に近所の目も冷たく、「娘にかける金があるなら残りの給料払え!」と元従業員が連日文句を言いに来たり、車に金属のようなもので傷がつけられていたり、ある深夜には、派手な服を着た、しかしえらくやつれた中年女性が突然訪れて「貴方の会社のせいで連鎖倒産させられた家の家内です。あれから借金を返すために夜の仕事をしなければならなくなって、家族はバラバラ、もう精神も限界です。」と、玄関の前で泣き腫らす姿を見ても、子供心にはどうする事も出来ず、ただ罪の意識だけが膨らむばかりだった。

お金になりそうなものは全て処分しても焼け石に水、結局住み慣れた家は人手に渡る事になった。
私は業者が部屋からピアノを運び出す作業を、ボーっと眺めていた。その姿が「とても悲しそうに見えた。」と父が言っていたと、母から聞いた。
倒産した事について、父から私には直接の謝罪はなかったが、母の言葉から父の気持ちを察する事が出来た。
それにしても、私は「強制的に」ピアノを習わされていたので、ピアノがなくなって内心スッキリしていたのだ。それすらも分らないほど親子の間に溝が出来ていたとは、何とも皮肉な話だ。

「今までのような生活は出来ないのだから、思い出にしがみついていても仕方がない」と、思い出の本やレコード、取り貯めた8ミリフィルム、コレクションした人形の一部は、ゴミになった。前後して母の病状はますます悪化、ほとんど寝たきりになった母を介護してくれる「お手伝いさん」も今は無く、母の体を拭いたりトイレの世話をする介護の半分は、私の役目になった。

この頃の私には、なぜ自分にだけこのような苦しみが次々に襲ってくるのかが理解できず、その答えを聖書に求めた。
イエスキリストは弱者の味方だと感じたが、その教義を教えている学校側は弱者に冷たかった。その矛盾をシスターに問い詰めた。そのせいか否かはわからないが、「貴方は悪魔的」だと言われた。
教育者、それも「キリスト教の伝道者」に言われたこの一言は、金属で頭を殴られたのと同じくらいの衝撃だった。私が今まで「よかれ」と思ってやってきた事への全否定と受け取った。
この一言で、私という「機械」は、完全に壊れてしまった。

病人だけが待つ家に帰るのがいやで、かといって話す相手もなく、学校帰りに公園のベンチでぼーっと過ごすことが多くなった。昼下がりの公園は、家族連れの楽しそうな笑いであふれている。
突然お腹の底から怒りがこみ上げて来て、コイツラを全員殺してしまいたいという強い衝動にかられた。その頃から、周囲の人間が皆私の悪口を言っていると感じるようになっていった。すれ違う人に突然刺されるんじゃないかと真剣に怖くなり出して、「護身用」に小さなナイフを鞄に入れて持ち歩くようになった。郵便受けの中に手紙ではなくアゲハの幼虫がびっしり入っているような妄想に取り付かれた。(実際には督促状の山が入っていたのだが。)朝出かける時も、玄関のドアを開けるとそこに猫の生首が置かれているんじゃないかという恐怖がつきまとった。自分の周りの空気だけが隔離されている感じがした。寝ている間にベッドに吸い込まれて消えてしまえたらどんなに楽かと想像した。平静を装うのも、自分を責めるのももう限界だった。

コ レ は 私 が 悪 い の で は な い ん じ ゃ な い か ?
コ レ は 全 て 世 の 中 が 悪 い の で は な い か ?


刀を振り回して、通行人を無差別にバサバサと切り倒していく自分を夢想したり、独裁者になった自分が高笑いをしながら核兵器のボタンを押すところを夢想することが習慣になった。
高校一年の時に酒を飲むようになった。カレシと言われるものも出来た。着替えを持ち歩いて、ディスコやクラブにも通うようになった。お金はそこらにいる男子を引っ掛ければ、当たり前のように出してくれるし、車で送ってくれるので遊ぶ金にはちっとも困らなかった。怖い思いも何回かしたが、今まで背負ってきた苦しみから逃げられると思えばどうってことなかった。平気で嘘をつき、平気で人の家庭を壊した。
神などいない。私はただゴミのように死ぬだけだ。その前に世間に、幸福そうなやつらに復讐をしてやるのだと、真剣に考えていた。
四面楚歌!周囲は敵!皆敵!!!

「や ら れ る 前 に や っ て し ま お う 。」


北朝鮮に対する安倍ちゃんや額賀ちゃん達の発言かと思われそうだけど、残念!コレ、10代~20代前半の私の「座右の銘。」(爆)
(他にも「目には目を」「臥薪嘗胆」なんて言葉も大好きだった。)
そして、このように考えてしまう精神構造はどう考えても普通じゃない、病んでいるとしか思えない、と今となっては背筋が寒くなるのだ。

人は結局、自分の体験というフィルターを通してしかものを見れないのだと思う。
だからこそ今言えることがあると私は考える。こんな弱くてナサケナイ青春時代と国家を結びつけて考える事ははなはだ失敬な事だと苦笑しつつも、もし国全体の風潮が、「やられる前にやってしまおう。」という方向に流れて行ってしまうとしたら、それは「病んでいる」と言わざるを得ない、と、どうしても思ってしまうのだった。(いや、一部の政治家以外はそこまで病んではいないさ、という微かな希望も込めて・・・。)

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2006年7月13日 (木)

またまた息抜きまくり・・・

ベートーベンの「第九」といえば、「喜びの歌」なんて日本名の歌詞までついてるくらいのポピュラーソングで、母が「子守唄がわり」に歌ってくれた歌でもあり、忠臣蔵(←大嫌い)と並んで、年末の風物詩って感じだけど、「時計仕掛けのオレンジ」を観てからは、私にとっての意味合いが180度変わった曲でもある。
(その後「エヴァンゲリオン」などにも使われて、ますます含蓄を深めたこの楽曲)ドイツ語の発音にもあこがれて、大昔、「ドイツ語で丸暗記」して唄う努力までしていた。(^^;)暗記はけっこうサクサク進んだのだけど、典型的大和民族であるワシにとって一番難しかったのが「巻き舌」の発音。これはもう、毎日練習して、すこ~しづつ「巻ける」ようになって・・・。
そんな努力経験してるもんだから、飲み屋とかで「すごい巻き舌」で喋っているヤクザ風のオジサンとか見ると、「ワルそうに見えるけど、実は一人でいる時努力してんのかな?」と、微笑ましくなったりも、した。
かれこれ20年位前のお話でした。

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2006年7月12日 (水)

一休み、一休み。

横浜人形の家に行ってきました。

過去に何回か行った事があるのだが、今回リニューアルしてキレイになったぶん、展示の数が減ったように感じたのだが、気のせいかなあ?
キューピーやキャラクター系のコンポジションドールとか、豆市松人形の着せ替えセットとか、もっといろいろあったような・・・???

まあでも、過去に兼高かおるが館長つとめていただけあって、「世界の民族人形」コレクションはスバラシイね。
「あ、コレ持ってる。」「これ昔ウチにもあったのに・・・」って人形がたくさんあった。
(ちなみに1960~1970年代の我が家の日曜の朝は、「時事放談」「自然のアルバム」「兼高かおる世界の旅」のテーマが象徴している。全部口づさめるぜ~~~)

高級なビスクドールや市松人形、段飾りのお雛様も良いけれど、おもわず写真におさめてしまったのが、コレと、コレ。(クリックしてね。)

Dscn2433s_1

                                                                                                                                                                                                                  

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                                                   ・・・どんな人が作って、どんな人が買っていったんだろ・・・・・あ、ワシみたいな人か・・・・。と、妙に感情移入してしまいました。
(このスズメのキャラって・・・・・。)

もっと書きたいことあるのだが、また今夜!!
TB、コメントくださったみなさんも、いつもありがとうです。(*^^*)

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2006年6月23日 (金)

更新サボってすいません(^^;)

Dscn0749s いや~~~、大好きな「ケロロ軍曹」見るヒマもないくらいやること溜めちゃって~~~。
(って、この画像使いたいために無理やり言わせましたね・・・


皆様からの愛のあるTBにもなかなかお答えできず、ごめんなさい!
決して「トカトントン」モードになっているわけではありませんので、安心してね!

明日はひさびさの休みだ~~~~元高角三~~~!!

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2006年6月14日 (水)

カルトな日々

昼は学校、夜は家庭、日本に居ながら取り巻く環境は「キリシタン指数100%」で、優等生の演技をし続けなけらばならない私は忍耐の飽和状態に達してしまい、ある時、キレた!(その模様は後日中継)
で、いつしか「セックスピストルズ」と「時計仕掛けのオレンジ」大好きな、表向きはお嬢様、裏では「セックスと酒と暴力」にどっぷりつかったデストロイな生活をおくるようになる。

そして何の希望も持たず卒業し、社会人に。当時の精神構造をよくあらわす髪型、「セミモヒカン。」(80年代の「内田春菊」の漫画の中に出てくる「友沢ミミヨ」の髪型・・・って、マニアすぎてわからんか。)まあようするに控え目なモヒカンヘア。頭頂部をおろすとただのボブヘアになるので「常識ある」社会生活も可能だが、じつは隠れている半分がスキンヘッドな髪型。

しかし、そんな「乖離」した生活にも嫌気がさしてきた。恥ずかしながら、「恋」をしてしまったのだ。私は戸惑い、「この人にふさわしい自分」を取り戻すため、試行錯誤を繰り返した。そんな時、数少ない友人の一人から、「最近はまっている事があるんだけど、一緒に行かない?」と誘われた。以前はよく一緒につるんでいたのに、最近は、「ちょっとやらなきゃならない事があるから。」などと言われて、彼女においてけぼりをくらっていたのだ。

「実は今『聖書』の勉強しててさ~。貴方なら、クリスチャンの気持ち、わかってくれるかなあと思って。」恥ずかしそうに、彼女は言った。彼女とは以前から本や映画の趣味が合い、世の中の不条理に疑問を持つ彼女の「正義感」にいさぎよさを感じて尊敬していた部分もあるので、二つ返事でOKした。「聖書」について勉強できるというのも、魅力だった。この頃の私は、「家庭が不幸なのは、私が『キリスト教』というものをしっかり学んでいないせいではないか?」と思っており、この機会はまさに渡りに船と感じた。

親友に連れられて通うようになったその「聖書の勉強もさせてくれるカルチャーセンター」は、居心地のよいものだった。孤独な私を迎え入れてくれる家庭のような空間。ほんの少しの受講料を払えば、映画やビデオも見せてくれるし、学校では学びきれなかった聖書に関する「深い解釈」も教えてくれる。帰り際には松下由樹似のお姉さんが優しく声をかけてくれて、お茶とお菓子まで振舞ってくれる。他の生徒も若い男女ばかりでサークル気分。「私の居場所はここかもしれない」という思いで、通うのが楽しみになってしまった。

同期生の中には、「こんな難しい授業、何の意味があるのかなあ?かったるい」って態度の人もいたけれど、幼い頃に教会に通い、学校で聖書の知識も少なからず身につけていたためか、さほど難解に感じなかったばかりか、新しい発見の連続だった。その日に観た映画の感想文などを褒められるにつけ、学校では味わえなかった優等生気分に浸る事も出来る。

しばらく通った頃、今度は「合宿」に誘われる。「どこに行くかって事は、絶対家族や周りの人に言わないでくださいよ。」と釘を刺され、「??」と思ったが、もともと仲のよい家族ではないので、どうってことなかった。荷物をまとめ、行き先も把握せずにバスに乗る。着いたのは小奇麗で無機質な施設。「これから合宿が終わるまでは、外出も電話も禁止です。よけいな私語も慎んでください。」なんて事を言われ、「優等生のふりが得意」の私は、「そんなの朝飯前」とばかりにそれに従う。「聖書の新しい解釈」の授業では、ビデオテープに出ていた講師がナマで出演。けっこうなカリスマぶりにテンションあがりまくりだった。

一緒に授業を受けていた仲間のなかには、慣れない環境とぶっ続けの授業に、疲れをみせるものも居たけれど、もともと「苛酷な環境」に身を置くことに慣れていた私は、ぜんぜん平気だった。知らない人とペアになって「あなたの欲しいものは何ですか?」との問いが何度も繰り返され、それに何度も答えるという「自己啓発系」なカリキュラムもあって、隣の男子は涙を流しながら執拗に「女の名前」を連発しており、「はは~~ん、彼は失恋してここにきたのだな~?」などと推測する余裕が私にはあった。

しかし、授業の内容が深まるにつれヘラヘラした気持ちでいられなくなる。私たちは人類の歴史以来ずっと堕落し罪を背負っている「サタン」であり、そこから救われるためには「メシア(救世主)」に従わなければならない、という事がわかってきたからだ。

今までただの教科書と思っていた聖書が、徐々に事実を書いた歴史書のように見えてきて、私たちの生活そのものが神の歴史の大きな流れの一部のように感じ始めると、その壮大なドラマの中に参加して、未来に向けて作られるであろう新しい聖書の歴史に、マグダラのマリアのごとく12使途のごとく自分がいるような、恍惚とした気分になってきたのだった。

「メシアがこの時代のこのアジアに降臨されたこと、あなた方がここに居る事にも、意味があります。メシアが誰かは、セミナーが終わってからお教えします。」と、講師の意味深な発言とともに、合宿は幕を閉じた。解散して同期たちと駅に向かう途中の景色が、今までとぜんぜん違って見えた。派手な服装をして歩く若者、いちゃつくカップル、街に流れる恋愛ソングまでもが、ヘンに聞こえる。「何かみんな『サタン』に見えるんだけど・・。」同行者がつぶやいた。「私もそう思ってた。」見慣れた景色が、何だか薄気味悪かった。

次の日「センター」に行くと、今まで「いらっしゃい」だった挨拶が「おかえりなさい」になっていた。私にここを紹介してくれた友人が仰々しい感じで向かいに座り、「いままではお客さんだったけど、今日からは貴方は私たちの家族。だからもう、お菓子でもてなす事はしないけど、今度は貴方がここに来る人たちをもてなしてあげて。」というような事をいわれる。儀式的な行為に違和感を持ち、「これって宗教でしょう?」という問いが喉元まで出ていたが、「疑いを持つ事自体がサタン」だって言われそうだし、「宗教じゃない」って言うに決まってるので、黙っていた。

「センター」から出て、街を歩くのが、何だか怖い。誰かに見られているような気がするし、とにかく「サタンの誘惑」でいっぱいなのだ。何か大変な事が起きようとしているのに、誰にも相談できない。かといって、「センター」の人たちが100%信用できるわけじゃない。救いを求めて選んだ道なのに、結局はまた孤独なのだと苦笑して、たまたま上映中だった映画「イマジン」を観た。

それまでビートルズは知ってても、とりわけジョンレノンのファンでもなかったので期待していなかっただけに、衝撃的だった。全く、洗脳をとくために魂がここに向かわせたのかと思うくらい、今までのぼやけた視界がいきなりクリアーになるように、寺山修司の映画で薄暗い四畳半のふすまの向こうにいきなり大海原が開けるように、今まで自分のやってきた事がすべて間違っていた事に気付かされたのだ。

その次にセンターに行ったとき、私がする質問は、決まっていた。
「もしメシアが誰かを殺せと言ったら、貴方は殺しますか?」
その問いに、「殺人を肯定するようなメシアはメシアじゃない。」という答えが返ってきたならば、まだここに居ても良いと思っていた。しかし返ってきた答えは「メシアがおっしゃるなら従うしかない。」だった。これはアカン、学生時代のシスターと同じだ、と思った。

「貴方の祖先の罪を見てあげるから、次回は家計図書いてきてね。」といわれてそこを出たが、心の中で「二度と来るか。」とつぶやいていた。ぷっつりと足が遠のいた私を心配して、松下由樹もどきから何度も電話があった。「今度は手相を見てあげるから。」「宝石の展示会があるから、行かない?」やさしいかった口調が、しだいに激しく早口になってくる。ついには職場にまであらわれた。

そんなストーカーっぽい事を、しばらくやられて、誘ってくれた友人とも、気まずくなってしまった。友人は、「いっしょにやってきた子達も、まだみんな頑張って通ってるよ。」とも言っていたし、「桜田淳子や、政治家の安倍晋太郎なんかも、教義を受けているんだから信じて。」とも言っていた。私が聞く耳持たないでいると、「貴方にはわかって欲しかった。」といって涙ぐんだが、それ以上の強制はしなかった。しばらくしてから彼女から韓国土産と「メッコール」が届いた。いつの間にか結婚していたのだった。配偶者は私の知っている「カレシ」ではなかった。

霊感商法や合同結婚式、教祖文鮮明のスキャンダル等で、今となっては悪名高き「統一協会」であるが、そんな騒ぎがおきる何年か前、「宗教」に無防備な日本の善良な若者は、いとも簡単に、それと気付かずに、カルトにはまっていったのだ。「カルトの入り口は日常の一部」だと痛感した貴重な(?)経験だった。ヨガ教室が入り口だったオウムもそうだったのだろう。

そんなワケで、なげ~~~え楊枝、もとい前置きにつきあってくれて、ありがとう。
感謝を込めて、本題クリックして読んでね。↓ ポスト小泉候補国民的人気ナンバーワンのアベちゃんが、統一教会と仲良しっていう、ステキな情報の数々ざます。
この事実をマスコミが報道しないのも不思議だけど、
「過去のアジア諸国に対する日本の統治を侵略行為とし、特に韓国に対しては、歴史的に侵略、迫害して来たことを日本は国家的に償うべき」といういわゆる「反日」的な教義の統一協会と繋がっているアベちゃんが、なぜ一部の右の人に人気があるのかも、不思議だ~~。

●「薫のハムニダ日記」では、あべしが統一協会の合同結婚式に祝電を送ったホットな記事が読めますよ!「アベちゃんステキ」なんて言ってる奥様必読ざます!
http://hamnidak.exblog.jp/pg/blog.asp?eid=e0049842&iid=&acv=&dif=&opt=2&srl=3592823&dte=2006%2D06%2D08+17%3A04%3A00%2E000

●「カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの虚業日記」 安倍さんネタ充実してます~。http://d.hatena.ne.jp/kamayan/searchdiary?word=%2a%5b%b0%c2%c7%dc%bf%b8%bb%b0%5d

●「ウィキペディア」統一協会のページ。岸信介、安倍晋太郎、安倍晋三、三代でお付き合い?おおまかな教義についても書かれてて興味深いっす。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%9F%BA%E7%9D%A3%E6%95%99%E7%B5%B1%E4%B8%80%E7%A5%9E%E9%9C%8A%E5%8D%94%E4%BC%9A

って、↑「ウィキペディア」リンクできなくなってるよ。だからこっち↓ から入ってね。
スクロールして真ん中辺に「Wikiへのリンク」があります。必見です。
●「Hatena」統一協会
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%c5%fd%b0%ec%b6%a8%b2%f1

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2006年6月11日 (日)

トラウマ①

両親がプロテスタントなのに何故かカトリックの女子校に通わされていた。

母は「戦前の天皇制」には疑問を投げかける人だったが「美智子妃殿下(当時)」が大好きで、テレビで特集番組があると必ず観ているクチだった。たぶんその流れで購入したと思われる「女の子の躾け方」という本が、いつも本棚の一番手に取りやすい場所に置いてあった。(この本は、当時「浩宮さま」の養育係だった浜尾実さんの著書)

何気に手に取って斜め読みしてみると、「男女は肉体的に違うだけでなく精神的にも違う」ゆえに「女の子は女子校に通うべき」そして「女子校には清潔感がみなぎっていて、女の子特有のきめ細やかな目が行き届いている」とし、「清潔感はそこで生活する女の子の心にまで影響を及ぼす」と続いている。

そんなワケで、聖心や白百合への進学率も高く、OBに皇室関係者も多いその学校に入ったはいいが、何から何まで規則で縛られ、キリスト教の授業では心の中身にまで点数をつけられ、教師は学校の名前にばかりこだわって保身に回り、道を踏み外した生徒には「更正」でなく「退学」が待っており(悪い噂が立ってしばらくすると、「問題の生徒」は「何事もなかったかのように」いなくなっているというのが常だった。コワ・・・。)排除されたくない生徒はひたすら教師のご機嫌をうかがうしか道はない。

生き残るために「表向き良い子」に振舞うしかない現実は、心を病む子供や裏表の激しい子、ライバルを蹴落とすような陰謀をたくらむ子などを少なからず生み出した。
私には学校全体が「病んでいる」ようにしか見えなかったが、教師達は、わが校に不良が一人もいない事や、塵一つない校舎などを自慢していた。(そりゃそうだよな、臭いものにはフタだもん。)

とにかく、学校に洗脳された「良い子ちゃん」にとっては居心地の良い場所だったかもしれないが、私のような「隠れワイルド&アナーキー」な生徒にとっては「牢獄」のような場所だったのだ。だったら「脱獄」すればいいじゃないか、という声も聞こえてきそうだが、「哀れな」両親のために、それすら出来ないでいた。

学校には洗脳されなかった私だが、家庭には洗脳されていた。親の喜ぶ顔が見たい、両親を心配させたくないという純粋な理由から、私は一切の悩みを家庭に持ち込む事はなかった。学校でどんな疎外感にあっても、シスターに「悪魔」と言われて心を痛めても、いっさい親に話す事はなかった。

正確に言うと、「出来なかった」のかもしれない。

小さい頃、白い花をモデルにクラス全員で「お絵描き」をした。私はその花の中心部分が少し薄紫がかっているのを発見して、紫色の絵の具でぼかして描いた。すると「お宅のお子さんは、白い花を紫色で描いています。ちょっと精神的に問題があるのでは?」と、担任から親あてに報告があったらしい。よく観察してみれば、その花がただの「白」ではない事くらいわかったはずで、担任の無能ぶりもさることながら、そんな話を鵜呑みにしておろおろする両親の姿が、情けなかった。仮に私に「精神的な問題」があったとしても、取るべき手段はいくらでもあっただろうに、事もあろうに母は「もう紫色の絵は描かないで」と、いうような事を私にのたまったのだ。

その頃は子供の絵から心理を分析するのが流行ったのかもしれない。仮に「紫色の絵が子供のSOS」だとしたら、その色を使いたくなった子供の心理に寄り添うべきじゃないかと思う。なのに頭ごなしに「紫禁止令」とは・・・。臭いのモトを絶たずして香りでごまかす芳香剤のようなやりかたである。
しかし幼い私は、「こんな色を使った自分が悪いのだ」と、それ以来、紫は絶対に使わない事にした。結果、ブドウの絵を描くときにでさえ、意地になって青い色で塗るような「ゆがみ」が生ずるようになっていった。

同じような事は、父にもあった。小学校3年生位だったか、珍しく一緒にレストランに行って、カレーを食べた。それまでは家庭で作る甘口のカレーしか食べた事がなかったので、「このカレー、美味しいね」と笑顔で父の方を見ると、機嫌の悪そうなむっとした顔で私の言葉を無視しながら食べ続けている。レストランを出た父は私に向かって、「大声で『美味しい』なんて言うな、ふだんロクなもの食べさせていないと思われる。」と吐き捨てた。
めったにしない外食で、めったに本音をしゃべらない父から出た一言がコレだったのも、子供心に大変ショックだった。
今だったら、「この人は、子供の笑顔より、つまらない世間体をとる人なんだな。」と分析できるが、「パパ大好き」な私は、やはり親に恥をかかせた自分を責めていた。

そんなエピソードが幼い頃からたびたびあったものだから、「友達がいないうえに教師(学校ではシスターが教師)からは悪魔よばわり」なんて、おそろしい現実は、口が裂けても両親には言えないのだった。

・・・最近の教育基本法改定の流れなど見ていると、なぜか子供の頃の息苦しさが、戻ってくるのである。それでこんなエントリ。あいすいません。(^^;)

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2006年6月10日 (土)

趣味暴走<後編>

ヘンな家庭に育って一般的な思考が出来なくなっていた若かりし頃の私は、気の合う友達はいないわ、「女子全員から無視」のイジメにあうわ、信頼できない父と不安定な母には本心を打ち明けられないわといった四面楚歌な日々を長い事おくっていた。

それで「人形を溺愛したかと思うと壁に叩きつける」ような奇行に快楽を見出したり、人形に人格を持たせて「腹話術」のように延々と対話を繰り返すのが一番の癒しだった。

思春期になると、日記をつけ始めるのとほぼ同時に、人形には見向きもしなくなった。その代わり、日記でやっている事といったら「自分との対話」以外の何物でもなく、ノートの中には常に「いくつもの人格」が存在した。

人形と日記、最も癒された全く異なる2つの趣味が、はからずも「自分の中の仮想友達との対話」という共通項でつながっていたということに、最近気がついて、笑ってしまった。(これらのアイテムがなかったら、たぶん多重人格になってたなワシ。)

そんなワケで、今では「せまいながらも楽しい我が家」を持つ事が出来、本心を語り合える友人にも出会えて、人生の前半で足りなかったものを全て手に入れた感がある私だが、「現在熱中している趣味は?」と問われたら、やはり「人形と日記(ブログ)」と答えるだろう。あいかわらずである。(笑)

でも、「その趣味に熱中している理由は?」と聞かれたら、どうも「自分の中の仮想友達との対話」だけではない気がする。
「プラスチックドールの素晴らしさを皆に伝えたい。」「私の半生を通してシアワセに生きる事の意味を考えたい。」(デカく出たな)まあそんなところかなあ?

とにかく今は内にこもるのではなく、外に向けて発信したい気分なのだ。

BLOG BLUESさんのエントリーに取り上げてもらったので嬉しくて逆エントリ。私がブログを始めるキッカケになったエピソードあります。
よんでちょ。↓

http://blogblues.exblog.jp/3704864
BLOG BLUESさんの最新エントリー「みどりの会議にラブコールを!

http://www.monjiro.org/diary/2005/05/post_d362.html
中村敦夫さん「紋次郎blog」内のエントリー「幸せ追求、現行で可能」

Green_love

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2006年6月 8日 (木)

広いながらも壊れた我が家

私の父は、一言で言うと「壊れた人」だったなあと、今になって思う。
物心ついたころから、父と一緒に夕ご飯を食べた記憶がないのだ。
それどころか、「おやすみなさい。」と床に入って、一緒に寝た記憶も、ほとんどない。
寝つきの悪かった私は、母が観ている映画や大人向けのTV番組(ザ・ガードマンやキーハンターがお気に入り。)を一緒に観終わってもまだ父は帰って来ない。

しびれを切らして眠ってしまった深夜、いきなり電気がついて、ぼんやり寝ぼけている私の横で、ずっと起きていたであろう母が嬉しそうに「パパ、おかえりなさい。」と言うと、酔っ払って上機嫌の父が、母のほっぺに大きな音で「チュッ」とキスをする。そんな光景を連日見ていたような気がする。

その時まだ小学生にもなっていなかった私は、父不在はどこの家でも普通の事だと思っていたし、当時としては珍しく「パパ、ママ」とお互いを呼び合って子供の前でも平気でキスをする夫婦が、アメリカっぽくて微笑ましいとさえ思っていた。
実際アメリカかぶれしていたかどうかはともかく、父は熱心なプロテスタントで、何度もページをめくって読みつぶした聖書が4冊ほどあった。教会にも毎週行っていた。

「そんな信仰に裏打ちされている人間ならば、さぞかし真面目で家族思いだろう」と母が期待して結婚したのかどうかは、今となっては知る由もないが、病気がちで美しかった母に同情して父の方からプロポーズしたという話は、容易に想像できる。しかし結果から言うと、私達母子はほとんど無視されていたように思う。

そうこうするうちに、母の病状はますます悪くなり、以前のような気丈なそぶりにも陰りが見えるようになっていった。小学校2年生の時だったか、いきなり母が部屋を真っ暗にして、黙って横になって動かなくなってしまったので、死んでしまったのではないかとおどおどしていたら、「パパが帰ってくるまで死んだふりするの、あんたも協力しなさい。」みたいな事を言われ、不安に思う反面、「母は父にゾッコンなんだなあ。」と、漠然と感じて、その子供じみた計画に、まるで私のほうが大人になって参加した覚えがある。

母は子供じみた茶目っ気のある人だったけれど、父には服従していた。
ある日曜日、母と私がいつものようにおしゃべりしていた。
ラジオからは「スィングルシンガーズ」のバッハのスキャットみたいのが流れていた。
すると、珍しく家に居た父がいきなり歩み寄ってきて、「昼間からダバダバダバダバうるさいっ!不愉快だ!」と言い残して去っていった。
そしたら母は即座にラジオを切ってしまい、その後母と私の間でも「気まずい沈黙」が訪れた。その頃から、母は大好きなラジオを聴くこともあまりなくなったような気がする。音楽の趣味では相性ぴったりだったので、残念に思った。めずらしく家にいる父の「勘にさわる」事は、一切したくなかったのだろう。

父は暴力をふるう人ではなかった。それどころか「狂信的な博愛主義者」みたいだと私は思っていた。「ボランティア活動」と称して連日外出して深夜まで帰って来ない生活はあいかわらずだった。「家に病人と子供が居るのに、他人の車椅子ばかり押して・・・。」と、母が吐き捨てるようにつぶやいた。

しかし、父のその「おそろしい博愛主義」が、さらにワシらを苦しめる事になる。ボランティア活動では飽き足らず、あるときは団体に多額の寄付をし、あるときは借金の保証人になり、なーんて事を繰り返してるうちに、一文無しどころか多額の借金肩代わり人生へと転落してしまったのだ。(気が向けばつづく。)

・・・風邪気味頭痛で文字読む気力がないのだ。こんな事では遺憾、イカン!
明日はちゃんと書かにゃあ・・・。明日出来る事は明日やれby藤子A・・・いいのか?

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2006年5月30日 (火)

趣味暴走 <番外編> 母の趣味 

前編が「本当に話の合う女友達というのは、とても貴重だった。」で結ばれている。
趣味の話なのになぜそういうハコビになったのか、日数がたってしまったので思い出せない。おかげで後編の書き出しに困るじゃないか、ジブン!!

私は「女同士でつるむ系」の趣味が無い。
学校や子供会の行事などにはガンガン参加しているくせに、主婦の友達が一人もいない。もちろん、当たり障りの無い会話をする仲間や、「この人は感じがいいなあ」とか「PTAの仕事一生懸命やってて尊敬できるなあ」というステキな女性はいっぱいいるが、
「ぶっちゃけ話」が出来て、「私の嗜好および思考を理解してくれる」特殊で心が広くユーモアのある女性は、ジンセーにおいて数人しか出会ったことがないのである。

当時、貴重な女友達とは、主に「恋愛」や「生きる意味」や「神の存在」なんかについて、ちびちび酒を飲みながら朝まで語り合うことが多く、そういった はっきりした結論が出ない話 をぐるぐる考えて言葉にするのが半ば「趣味」だった時期もあった。
(そのころ「大発見!」したことや、影響をうけた言葉などは、現在の私の思考回路にきっちり刷り込まれているはずなのだが、その後子育てでバタバタするようになってからすっかり忘れているようだ。)

そんな友人達から異口同音に指摘されるのが「多重人格っぽい」「憑依体質?」
ってこと。自分では意識してないが、その時々の「モード」でスイッチがオン・オフされるらしい。そういや学生時代、「ヤヌスの鏡」の原作、ハマって読んでたな。それ以前に、「おたくのお子さんは喜怒哀楽が激しすぎて異常です。(←キッパリ。)」と中学時代の担任に面談で言われて、親はさすがに悩んだみたいだ。

話がそれて来たみたいなので、「趣味」の話に戻そう。
前回は自分で開拓した「渋系」(渋谷系じゃないよ)の趣味のお話だったけど、今回は母から受け継いだ趣味のお話。

中原純一とオードリーヘプバーンが大好きな「それいゆ系」奥様だった母は、上品で個性的なファッションや人形が大好き、「モダン」を好む人だった。
私が全く勉強しなくても、友達が出来なくても、その事で怒ったりはしない母だったが、自分の趣味に合わないことには敏感で、近所の子らがみんな履いている「甲のところに漫画のキャラクターがプリントされている靴」とか絶対履かせてもらえず、ワンストラップシューズにレースの靴下が定番だった。

「子供は子供らしく」と、流行の服もほとんど着せてもらえず、夏はギンガムチェック、水玉、小花柄などのスモックワンピース、冬は白襟のビロードワンピースにタイツ、赤頭巾ちゃんみたいな格好もよくさせられていた。
髪型は常に「おかっぱの刈り上げ」で、和風なのに微妙にアメリカン。
♪クル、クル、クレラップ~♪のCMのテイストや、高野文子の漫画なんかに近い感じだった。平井英子のレコードなどもよく聴いていたように記憶している。

かなり年上のいとこ達はビートルズを聴いていたが、母はジャズとクラシック、それに民族音楽が大好きで、特に「カンツォーネ」と「チロル系」と「ロシア民謡」は日本語に訳したものをオペラ風の歌唱でよく歌ってくれた。(最近「歌声喫茶ともしび」復活?のニュースを見て、皆が手にしている緑色の歌詞本、あれ家にもあるよ!と笑ってしまった。当時流行ったのね。)TVから流れるアイドルが歌うような歌謡曲は、「絶対歌ってはいけない」ことになっていた。
そんなんで、部屋にあるつけっぱなしのラジオからは、いつもロシア系の合唱が流れていた。(今思うに、あれはモスクワ放送だったのか?!)

母が嫌うのは「アイドルの出る歌謡番組」と「いかにも子供が好きそうなアニメ」のようなもので、そのために私はTVを観るのを自主規制しており、同級生と共通の話題で盛り上がれない体質になっていった。そのくせ、他の親が子供に見せないような不健康なものはOKで、母の好きなアラン・ドロン主演の映画「太陽がいっぱい」とか「世にも怪奇な物語」の中の「影を殺した男」(原作はポーの「ウイリアム・ウイルソン」)などは、一緒に観ていた。

また母は、寝る前に必ず童話を読んでくれた。よくあるような「お話絵本」のたぐいではなくて、「岩波文庫のグリム童話」を、そっくりそのまま読みきかせたり、日本の民話でも、学者が現地のお年寄りから直接聞き取ったような分厚い本を、一字一句変えずに読んでくれたりした。あの佐川一政が、カニバリズムに興味を持ったのはグリム童話がきっかけだったような事を書いていたが、私もそれらの童話からは、「メルヘン」よりも「血なまぐささ」みたいなものを、敏感に嗅ぎ取っていた。

母は礼儀作法や言葉遣いにもとても厳しい人で、たとえ親子間であろうと、返事は「ハイ」と決められていたし、朝起きてから食前食後、就寝に至るまで、「きちんとあいさつ」がテッテーされていた。食べながら喋ること、ひじをつくこと、ため息をつくこと、足をくずして座ることなど私の一挙一動にもとてもうるさく、もともと不器用な上に、監視されている緊張感から、「常にギクシャクした動き」をしていたように思う。

私は親の期待に沿うべく「良い子」でいなければいけないし、そのためにはたとえ家の中であろうと、常に誰かに見られているように行動しなければいけなかった。ものごころついた頃よりそのような生活で、実はとても疲れ切っていた。

そんな「母の人形」のような押さえつけられた感情が、子供時代の「オヤジ的冒険趣味」や思春期の「ヤンキー的なものへの憧れ」や、それ以降の「アナーキーな行動」へと結びついていって、ますます私を「多重人格的」にしていったのだと思う。
だから、いまだに、母ゆずりの「ゴスロリ好き」「オリーブ少女」的な私もいるのと同時に、「ビーバップハイスクール」や「池袋ウェストゲートパーク」にグッときてしまう私もいるのである。
・・・って、昨日TVで放送された「下妻物語」に影響されたエントリではありませんよ、念のため。(映像綺麗だったけどお話は期待したほどではなかったな、残念。)

いや~今回とりとめがないな~。まあ無理やり「趣味」のお話にしちゃったからね。
つうことで、後編につづく・・・のか~?!

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2006年5月25日 (木)

趣味暴走 <前編>

大好きな水木しげるサンが、自伝の中で、幼少時ほとんど口をきかない子供だったことを書いている。私も幼少時、周囲が「自閉症では?」と心配するくらい無口で、しかもほとんど笑わない子だったらしい。

母は当時にしては珍しく写真を撮るのが趣味で、沢山の写真を残してくれたのだが、その中にピンボケの写真が、一枚だけ混じっている。3歳くらいの私が布団にくるまって笑っている写真。めったに笑わない子が笑った珍しい写真だから、ピントがずれていてもとっておいたのだそうだ。

そんなわけで、周囲に「金のガチョウに出てくる笑わないおひめさま」みたいに腫れ物にさわるように扱われていた記憶がある。ユーモアのセンスの無い石頭の女の子だと思われていたかもしれない。実際には、子供向けのギャグのレベルがあまりにも低すぎて、「笑うに値しない」だけだったのだが。(今はまったく違うのだが、タイプ的には「ちびまる子ちゃんの野口さん」を想像していただければ、わかりやすいと思う。)

当然、「フツーの友達」と気が合うわけがなく、近所でも嫌われ者の上級生の女の子とつるんで、休日の工場に忍び込んでベルトコンベアーの上を歩いたり、沼みたいなところに足の付け根くらいまでズブズブはまって助けられたり、線路に沿って歩いてつくしを取っていたら半分腐った猫の死骸を発見したので観察したり、今振り返って考えてみるとロクなことしてない。

その上級生はイジメにあっていて、世間をうらむ気持ちが強かったうえに、オカルトにも詳しかったので、二人で「薬草」を探したり、ワラ人形を作ったりしていた。(時代が時代なら、魔女裁判で死刑!!だったかも、と、とりあえず今の時代に生まれたことに感謝。)結局、「あの子とは遊んじゃいけません。」ってことになって、堅気?の生活にもどるわけだが、なんだか妙に懐かしく、ワクワクした気持ちだけが残っている。

さて、つるむ友達もいなくなった私がはまったのは、「モノ集め。」
シール、折り紙、カードと、見た目の美しいもののコレクションから始まって、当時は「タダで」集めることが容易だった「石」「貝」さらには「苔」へと進化し、拾ってきた石に油をつけて磨いて光らせたり、貝殻の種類を図鑑で調べたり、それらを組み合わせて「箱庭」をつくったりして楽しんだ。小学校低学年女子どもには誰にも理解されないシブい趣味である。

その後、小学校中学年では「切手」、高学年では「スーパーカー」と、一応「流行りモノ」の趣味にもうつつを抜かし、同時に、「なぜか立ち読みしほうだい」の本屋の常連になり、小学生の分際で、「エロ劇画」とか「世界のミイラ」「心霊写真集」みたいな見てみたいけど買って家に置いとくのはイヤだ系の本とか、「ガロ系漫画」とかを読み漁っていた。

中学に入り、周囲女子が「少女マンガ」「アイドル(当時は「たのきん」)」「ニューミュージック」などの話題で盛り上がっているのも全く理解できず、(つーか、ユーミンや竹内まりやの「女心」ってナニよ?いまだに理解できん!!ちなみに後に流行った「トレンディードラマ」とかも、主人公の気持ちに全く感情移入出来なかったっ!!怒怒!)でもファッションにはちょっと興味があったので、「プラスティックスのチカちゃん」とか、「キヨシロー」とかのファッションを真似たりしてたら、「ジューシーフルーツのイリヤ」に似てるといわれて、チョイ落ち込んで、「ワシにはショートヘアは似合わんな・・・」と悟ったり・・・

そんな調子で、スポーツ関係では「相撲」しか興味が無く、大人になっても「ブランド物」も「海外旅行」も「食べ歩き」も全く興味が無く、(いやこれは単に「ビンボー」だったからできなかったと言えなくも無い)、当然「美容」「コスメ」「ダイエット」なんぞにかける金があったら、「古本」「レコード」に化けていたわけで・・・。そのレコードの大半も、「ジャーマンプログレ」と「戦前の歌謡曲」だったりするので、一般の家に「パソコン」つうものが無かったから「インターネットで趣味を共有」なんて夢物語だった当時、本当に話の合う女友達というのは、とても貴重だった。  

つづく

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2006年5月24日 (水)

ひ~

連日外出、今日は夕立、カミナリ苦手だからパソコン開けるのコワいよ~

書きたいことためまくりなのだが、いつゆっくりパソコンに向き合えるかわからん~~

Denntyuus

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2006年5月11日 (木)

トカトントン

私は日ごろ周囲から「アツくてパワーのある人」と思われる事が多い。
声がデカイ、よく笑う、態度に落ち着きがないなどからそう思われているのだろう。いったんハマッたものには、周囲の反対を押し切ってもまっしぐらな部分もよく指摘される。ところが、恐ろしい事に、冷めると手のひらを返したようになってしまう。何事もなかったかのようにどうでも良くなってしまうのだ。

明日のジョーのように、一つを極めて燃え尽きたのなら本望だろうが、私の場合は何事にもそこまでアツくなれない。太宰治の小説に「トカトントン」というのがあるけど、あんな感じで、「オレなにやってんだろう」モードに突然入ってしまうのだ。

この「ムラッ気」、「躁鬱」かと思っていたら、心理テストでは「分裂」と出た。
私がすごく分裂気質だと思う芸能人は「ビートたけし」なのだが、彼が以前「公衆トイレを使って出る時、キレイにしないと気がすまないんだよな。次の人にオイラが汚く使ったって思われるの嫌だから。」みたいな事を言ってた時、大きくうなずいてしまった。あのたけしが、人の汚物まで掃除している所を想像して、嬉しくなっちゃった、てのもあるけれど、私にも「同じクセ」があるからなのだ。公衆の場所をキレイにしたくてたまらない衝動と、常に戦っているのだよ~ワタシも。(何と素晴らしいボランティア精神!)でもコレ本っ当「自分のため」なんだよな~。

で、そんな時って、いつも「自分」がいて、「自分を見つめる他人の目」があって、さらに「他人の目を気にする小心者の自分をせせらわらうもう一人の自分」がいるっていう三重構造になっている。この状態が続くと「トカトントン」になってしまうわけだ。
昔はそれがひどくて、歩いていても「トカトントン」、笑っていても「トカトントン」、いきなり「スイッチオフ」になっちゃう危険極まりない人物だった。そういう時って、痛みも感じないから、ためしに腕を切ってみたりしても、痛くない。電車のホームで「トカトントン」だった時なんて、かるーい気持ちで「飛び込んじゃおうかなあ」とか思ったりして、クボヅカの事を笑えないくらいヤバかった。でもなぜ実行しないかといえば、まあ、「それを引き止める自分」が同じくらいのバランスで居るからなのだろうけど。

静止している物体がある。何も力が加わってなくて静止してるんじゃなくて、あらゆる方向からものすごい力で均等に引っ張られている事で止まっている、心はそんな感じなのだ。

これ、物心ついたころからだと思う。病気というよりは気質なんだろうと思う。
幼少時、電車に轢かれそうになった事があるが、その時の鳴り響く警笛の音と、運転手さんのあせった顔は今でも覚えている。自分が死にそうな場面なのに「ああ、うんてんしゅさんあわてているなあ。人殺しになっちゃ困るもんなあ。」と考える余裕があった。
たいした事じゃないと思って親にも言わなかったら、たまたま目撃していた近所の人が報告しに来て、「あんた一歩間違えたら死んでてかもしれないんだよ。守ってくれた神様、仏様に手を合わせておきなさい。」(母は信心深い)と言われた。

小学生時代、父が膨大な借金をして、家にヤクザが嫌がらせに来た。何とブルドーザーかショベルカーみたいなもんで乗り付けてきて「家ごとぶっ壊したるぞ~」と、外で叫んでいた。(母が「危険だから見ちゃいけない隠れてなさい」と言ったので、音しか聞いてないのだが。)その時の状況が、もう自分ちの事なのに可笑しくて、「何でヤクザが?ブルドーザーで!!」って、まるで他人事のように思いながらわくわくして隠れていた。

この現実感の無さは幼さゆえだと思っていたのだが、母が死んだ時もセンチメンタルな気持ちよりも「とにかく死に顔を美しく」って事がまず最初で、やけに冷静な自分に突っ込みを入れるもう一人の自分とかもいて、後から聞いた話では、「ちっとも悲しそうに見えなくて不気味だった」らしい。

漫画家の蛭子さんは、親が死んだ時に可笑しくて笑ってしまったと堂々と公言していて、最初その話を聞いたとき「随分ひどいなあ」と思ったのだが、父がいきなり事故で病院に運ばれた時、今考えると本当にそれは酷かったのだが、置かれている状況があまりにも悲惨なのが嘘のようで、やっぱり笑ってしまったのである。
(分裂気質と私が勝手に判断する漫画家は他に山野一と相原コージ。最近はトシのせいかマンガはあまり読まない。ケロロ軍曹とデンジャラスじーさんは好き。すげえ横道。)

若い頃は男女の修羅場(時には刃物アリ)にもよく遭遇したが、「皆さんこの位の事でよくあそこまで熱くなれますなあ。」というのが正直な感想。好きな人が目の前で警察に捕まった時も、友人が自殺した時も泣けなかった。よく知る友人などは、「ほんとにアンタは修羅場練れしてるね~。」と笑う。「修羅場慣れ」なんて、したくないが、それらは私にとってはどこか滑稽なのである。

信念を持って必死でやってきた事や真剣に悩んでいた事が、突然無意味になる瞬間がある。必死で謎解きしていた「エヴァンゲリオン」の最終回とか、ホドロフスキーの「ホーリーマウンテン」のラストシーンとか、水木しげるの短編「錬金術」などには同じ匂いを感じる。混乱のあと、一瞬目の前が真っ白になるような脱力感と静寂。絶望ではなく滑稽。
「なぁ~にやってんだか。」って感じ。

「無駄無駄無駄ァ~!!」っていう声も聞こえてきそうだけど、そうなると「もう一人のアツい私」が黙っていない。
「お前は『尖った光るもの』を見つけるために生きている。」「やり遂げる事に意味がある。」「意味の無いことなど、一つもない。」

何かの精神科の治療で、やる気の起きない人には、一日中寝ていてもらうのだそうだ。本人がもういい加減寝ているのは飽きた、と思っても寝かし続けると、やる気のなさが治ってしまうという。これって本当なのか笑い話なのかさだかでないけれど、コレと同じようなことを無意識にやっている。

「トカトントン」モード突入の際は、とことん「何もしない。」とは言っても仕事には行けるほどの余裕はまだあるのだが、出来る限りのスイッチをオフにして、ひたすら何も考えずにだらだら寝過ごすと、いきなり「こうしちゃおれない!!」とスイッチがオンになる。
そういうわけで、とんでもない時間にこんな事してる。馬鹿である。

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2006年5月 4日 (木)

ハシゴ

きのうの憲法記念日、フツーにお仕事でした。
夜になって、やっと一息ついてテレビ見てたら「News23」で憲法の前文を声に出して読んでいた。(いろんな人にバトンタッチしてリレー式に。)
文字で見るのとはまた違った印象で、すごく心に響いてきた。
よく耳にする「護憲」「改憲」以外にも、「加憲」「創憲」そしてそれらをもっと論じ合おうということで「論憲」なんて言葉もあって、ナルホド。

この時間帯はNews番組がいい感じにずれてて、「ハシゴ」が出来る。
フジの「ニュースJapan」ではすでに改憲モードで「国民投票法案」の事が主な内容だったが、箕輪解説委員(でいいんだっけ?)が、「きちんと議論するためには正しい情報が必要なので、メディアにおける報道の規制はすべきではない。」というニュアンスのコメントをしていたのが印象に残った。

「今日の出来事」では、憲法関係のニュースは見損ねたけど、数回に分けて「広がる格差社会」の特集を組んでいて、毎度考えさせられる。

ちなみに、「報道ステーション」は、10時台にウラ番組を観ている事が多いので、あまりチェックしてないのだが、たまに観ると、そのたびに見事に期待を裏切られる。
4月の末にも、新聞の番組欄には「共謀罪」の特集があるように書かれていたのでずっと観てたが、けっきょくやらなかった事があったし、古舘一郎の「浅さ」にもいつもゲンナリだ。

憲法記念日翌日、ってことで無理やりのエントリだったけど、明日こそマジメに書きますよ~。&いつも「ハードプラスティックドール」をクリックしてくれてる人形ファンのお客様も、人形ネタごぶさたでスマンです~。(^^;)

それでは、みょうにち。

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2006年4月29日 (土)

「お目出度い私」2連発

その1 「道徳は趣味の一部です。」

いや~、最近外出する事が多くて、なかなかパソコンの前にじっくり座れないですよ~。
っで、昨日もちょい遠方まで出かけたたのだけど、若い人たちの親切にとてもいい気分になった。

満員電車で、腰の曲がったおばあちゃんに笑顔で席をゆずっていた「MILK」の布バッグを持った若い女の子。混雑する本屋のレジ前で「おさきにどうぞ。」と自然に声をかけてくれた学生さん。
こんなちょっとしたエピソードでも、シアワセになってしまう私はお目出度い?

と、いうのも、このまえディズニーランドに行った時、順番待ちに何食わぬ顔で横はいりしてくる子供がいたり、それ以前に大人がわれ先に順番をあらそう姿に閉口したり、小さい子供が植え込みを棒でつついて葉っぱを落としているのを注意するどころかその姿をケイタイ写真にとってるヤンママが居たり・・・。

なんか、こんなに「楽しい音楽の流れている楽しそうな場所」なのにもかかわらず、「蜘蛛の糸の話の中の、糸に群がって這い上がろうとする亡者の地獄絵図」を連想してしまったのだ。

で、これらのレベルの低い行為が、「若者は道徳心が無い、戦後教育に問題がある、教育基本法改正すべき」という流れを正当化させてしまうんだなあと、ゲッソリしていたあとだったので、昨日の若者達には後光がさして見えた。日本に未来はある!

私は「自由」が何よりも好きだから、自由を謳歌するために、社会の最低限のルールは守ろうと心に決めている。ルールを守るのも私の自由、人に親切にするのも「その人のため」にやってるわけじゃない。人に親切にすれば自分が「気持ち良い」からやっているだけだ。なぜ気持ち良いかといえば、相手の笑顔を見ると私もシアワセな気持ちになるから。まあ、極端な言い方をすれば、「道徳は趣味の一部です(爆)」

褒められたいとか、目立ちたいとか、宗教的な義務感とかでやってるわけじゃないもんね。ましてや、他人に強制されてやるもんでもない。

不良の多い学校ほど校則が厳しい、または校則が厳しい学校ほど見えないところで子供は悪くなるのではないか?と、学生時代思っていた。よく吠えて人に噛み付くので鎖でつながれっぱなしの犬みたいに・・・。
友達のところの犬は、とても賢くておとなしかったので室内でも庭でも首輪を付けられずに自由にしていた。
・・・そんな事を思い出した。

そんなわけで、私は決して「道徳」が嫌いなわけじゃないけれど、「道徳を強制せざるをえない世の中」は、あまり好きではないのである。

そんな思いから、「教育基本法改定には反対」ってエントリを立てたら、「反日Blogアンテナ」に載せられてしまった。(苦笑)
私は日本が大好きだし、反社会的行動もしていないので、何で自分が「反日」なのかピンとこない。

私が最も嫌うのは「殺人の正当化」と、「言論弾圧」と、「狂信的な思想の権力」なので、それらの全てを含んでいる「金正日」みたいのが一番いやだ。文化としての中国や知り合いの中国人は好きでも、「チベットを弾圧している中国」は好きじゃない。アメリカの人形や知り合いのアメリカ人は好きでも「ガセネタで戦争し続けているブッシュ政権」は大嫌いだ。当然「日本に原爆を落としたのは正しかった」なんて思ってる一部のアメリカ人も嫌い。

前回「共謀罪」に反対するエントリを書いたけど、この件に関しては「憲法改正・教育基本法改正支持」で「教育勅語肯定」的な立場の櫻井よしこさんも「こんな法案が通ったら、北朝鮮のようになってしまう。いったい、どんなつもりで暗黒社会につながる法律をつくろうとしているのか。左右を問わず、あらゆる立場の人の言論は保障されるべきだ。」とおっしゃっていて、全く同感。

私は「小泉政権」に批判的なことも書いているけれど、それは「ブッシュ政権の飼い犬」みたいな姿勢が日本国民を幸福にするわけがないと思っているからだし、9条改定に反対なのも、アメリカの言いなりになって自衛隊を海外派遣する事は絶対に間違っていると考えるからだ。
わざわざ敵をつくる事で得るメリットって何だろう?と考えた時、小泉さんがやってきたこと、小泉政権的なものがやろうとしていることは決して日本を豊かにしないと確信するからだ。
日本のアメリカ化を憂い、古き良き山村、漁村の風景に想いを巡らせる。
その部分では「三輪の某」さんとか、「よしりん」に近いかもしれないと思う事もあるくらいなのだ。

と、いうことは、やはり、「教育基本法改定には反対」のエントリーで、「戦前の天皇制」を批判したのが悪かったのか?「反日」と言われる理由が、それ以外に考えられない。
「反日Blogアンテナ」から覗きに来るお客様がけっこう多いので、コレ読んで「あなたのココが反日なのだよ。」と突っ込んでこられちゃうかなあ?「荒らし目的でない人限定」で、私を「反日」だと思う人の意見も、聞いてみたいと、ちょい思うのだけど。
・・・と言ってはみたものの、GW中も仕事で、ゆっくりと対応する時間がないかも。(^^;)

ともあれ、ブログでの盛り上がり、日弁連、ニュー民主、社民、共産とうまく連帯したお陰か、共謀罪の28日強行採決はなんとかまぬがれた。でも、GW明けには新たな動きがあるだろうから油断は出来ない。
教育基本法についても、もっと話し合う必要があるのは当然と思っていたら、昨日のフジテレビの「ニュースJapan」では、意外な事に賛否両方の意見が聞けておもしろかった。
「姉歯氏逮捕」や「ホリエモン保釈」の陰に隠れがちな「共謀罪」の話題を、あえて取り上げていたメディアにも大感謝。

その2 「藪の中」から「全体像」へ

さっき「蜘蛛の糸」を引用してふと気付いたのだけど、中学時代に読んだ芥川龍之介の短編は、その後の私のものの考え方に、案外影響を与えている。
その中でも特に「藪の中」
一人の女性が強姦・殺害された事件を、複数の視点で物語る斬新な手法。それぞれの語り部の発言にはズレがあり、誰かが正しければ誰かが間違っているはずなのだが、それぞれが真実を語っているように書かれていて、一つしかない真実は藪の中、というお話。

私はこの小説を読んで以来、一つの事柄に対して、常にいろいろな立場になりきって、いろいろな方向から考えるクセがついてしまった。(だから「バイリニア」さんの視点など、大好きなのだ。ちなみに私の父は「極右」でした・・・。)
一方だけから見て「これはだ」と判断しても、他方向から見たら実は「」。だったらこの形は「円柱」。他方向から見て「」だったら「円すい」。どこから見ても「」だったら「」。と、いうふうに。

身近な例では、近所のAさんとBさんが喧嘩して、私は両者から別々に相談を受けたりする。聞いてみると、お互いの言い分はどちらも正しく聞こえる事が多く、結局私はどちらの味方もしない。よくお母さん仲間の溝やご近所トラブルなんて話を聞くけど、幸いな事にそのような悩みを抱えた事は、一度もない。
職場でも、言葉足らずやボタンの掛け違いで敵対心を持っている二人がいるが、私はどちらとも親しかったりする。
別にこれらは「八方美人」や「日和見主義」や「事なかれ主義」でやっているわけでなく、「藪の中」のクセで、どっちの気持ちもわかってしまう私がいるのだから、しょうがない。
たとえ「真実は一つ」だとしても、「私は絶対に正しい」と思わないのも、そのためである。

最後に、幼少時の私が影響を受けた仏教のたとえばなしをひとつ。
目の見えない人数人に、「象」を触ってもらう。耳を触った人は「これはうちわのようなものです。」と答え、お腹を触った人は「これは太鼓のようなものです。」と答え、しっぽを触った人は「これは縄のようなものです。」と答える。
3人の答えは、どれも正しいのだけど、「象という全体像」までは行き着かない。
「目覚めていない人は物事の全体を把握できない」というたとえばなしなのかも知れないけど、一歩前進して、3人でお互いの意見を交換し合って総合的な判断をしてみれば、「象」という一つの答えが、その後出てくるかもしれない、と、思ったりもする。

そして、未来の「政治」「国と国との関係」が、そのようなものであってくれたらいいなあ、などと漠然と考えている、やはりオメデタイ私なのである。(その「お目出度さ」が反日なんだ!って突っ込まれたら、ぐうの音も出ませんけど・・・。)

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2006年4月25日 (火)

ボンテージパニック!

昨日山手線がストップ、乗客のうちの数人が、気分が悪くなって座り込んでいる映像がニュースに映し出された。聞けば一時間ほど車内に閉じ込められていたとの事、満員電車の中でいつドアが開くかもわからず待たされている身は辛かっただろう。心身ともに丈夫な我がハイグー者は「何でこんな事で気分悪くしてるんだ?虚弱だなあ。」とつぶやいていたが、私はヒトゴトではないと思った。

実は数日前のこと。いや~、ワシもヒドい目にあったのだ。

ふだんあまり人の運転する車に乗る機会のない私だが、この日は珍しく遠出、いくぶん緊張して助手席に乗り込んだのがいけなかった。いつもよりカチッとしたデザインのタイトスカートが最近太り気味の両足を締め付ける。変な座り方をしたので、下着までがおしりに食い込んで気持ちが悪いことこのうえなし。気になりだすとトップスのゴムの位置から首に巻いたストールの締め具合までが邪魔でしょうがなく、おまけにシートベルトに拘束されていて直すわけにもいかない。車はそのまま高速道路の入り口へと向かう。

私は何だか体中をボンレスハムのようにぐるぐる巻きにされているような感覚に陥り、全身に鳥肌が立って冷や汗がにじみ、心臓がバクバクで、吸っても吸っても酸素が体の中に入って来なくなってしまった。このまま高速に入ってしまったら死んでしまうかもしれないという恐怖が湧き上がってきて、車を止めてもらうと慌てて外へ転がり出した。ストールをゆるめて吸い込むシャバの空気の何と爽やかでありがたい事か!

あの状態があと数分でも続いたら気を失っていたか自殺していたかと思うくらい苦しかった。おそらくこれが「パニック発作」というものなのだろう。実はこの症状、過去に何度も私を襲っている。

私は人一倍想像力が強いので、「痛い」話などを聞くと、本当にその部分が痛くなってしまうし、他人の苦しみが自分に重なってしまうような事が、昔からよくある。
10才の頃、「恐怖の黒猫」(後にブラム・ストーカーの「牝猫」と判明)という短編小説で、中世の拷問道具「鉄の処女」の中に縛られて入れられた主人公が串刺しになるシーンにショックを受けたのがきっかけだった。
その後も、宇宙船の船内、難民輸送船内、独房、拷問、拉致、全身マヒで寝たきりの人などのシチュエーションを想像すると、まるで自分がそこに置かれたような息苦しさを感じてしまう。
「頭ははっきりしているのに体の自由がきかない」「狭い所に押し込められている」「外界と遮断されていて逃げ場がない」という状況を、私が何よりも恐れているからだと思う。そして、今回の車内では、その三つの条件が擬似的に揃ってしまったので、ひどい発作が起きたものと思われる。

日ごろ「空気」なんてあって当たり前で、「空気が吸えない恐ろしさ」なんて、考えた事もないけれど、さすがにこんな事態がおきると、「空気を吸えるありがたさ」「手足を大の字にして寝る事の出来るありがたさ」を感じずにはいられない。

で、ワタクシゴトから無理やり結びつけて、ここで共謀罪のことを少々。
良心的なブログや新聞では、その危険性について繰り返し指摘しているにもかかわらず、一般の人はほとんど知らない「共謀罪」。

実際には何もしなくても、犯罪の相談をしただけで罪になる法律なのだそうだ。
例えば、友達二人で「あいつ気に入らないから殴ってやろうぜ。」などと、たとえ冗談で言っても犯罪になってしまう。しかも「あれは冗談でした」と後で取り消しても罪は消えない。

「そんなうしろめたい会話してる方が悪いよ。真面目に生きてれば何のカンケーもない法律じゃん。やましさのある人間だけが騒いでるんじゃないの?」
なんて声も聞こえてきそうだけど、ここで対象となる犯罪は600以上もあり、罪の規定が曖昧で、いくらでも拡大解釈が出来る。
例えば「共謀罪っていう悪法を皆で阻止しよう。」って話し合っても、現地点では罪にならない。でも、もし共謀罪が法律として成立して以降こんな話し合いをしているのがばれたら、ワシらも犯罪者にされかねない。
さらにコワいのは、警察に届け出たものは罪が軽くなる、つまりは「密告が奨励される社会」になるってこと。仲間同士の疑心暗鬼から、「めったな事は口に出来ない」という自粛ムードが生まれ、「窒息した人間不信社会」の出来上がり。

これって・・・戦前の日本や今の北朝鮮みたいだよね!

戦前の日本には「治安維持法」っていうのがあって、自首をすると処罰が軽減または免除されたため、スパイ行為が盛んに行なわれたと聞く。集団を弾圧するためにスパイを送り込んで、共謀をでっち上げる事も可能だったらしい。

そういえば、母から聞いたことがある。「となり組」の話。
ド・ド・ドリフの大爆笑~♪のメロディーでお馴染みの、トン・トン・トンカラリと隣組~♪
コミカルで楽しそうな歌だけど、その実態を甘く見てはいけない。
隣組には、隣近所が助け合うという役割の他に、相互監視という役割もあったのだ。
向こう三軒両隣、どこかで「非国民的な」行動があれば連帯責任、それを恐れてか、本当に他愛もないことでも密告の対称になったと母は話していた。赤い布切れをぶら下げていただけで「アカだ」と密告、スカートを履いていただけで「非国民だ」と密告、これ実際母の身の回りで起こった事だというから驚く。

そして現代。
電話での会話を警察が傍受することが出来る盗聴法
国民に戦争の協力をさせるための有事法制
地方自治体が住民を保護すると称して、避難や立入禁止の場所を設け、統制するための国民保護法制
国民一人一人に10桁の番号をつけ、国民を一元的に管理することが出来る住基ネットなどなど、いろいろな名目で監視される社会になりつつある昨今。
このうえ更に共謀罪が成立すれば、スパイ、盗聴が合法的に日常茶飯事になり、他人を信用できない人間不信の陰湿な相互監視社会・警察国家になる可能性があるのだという。
助け合うはずのご近所付き合いが密告社会になったように、私達を守ってくれるはずのおまわりさんが、私達の心を取り締まることになるかもしれないのだ。

このように見ていくと、共謀罪は、権力者側が自分たちの便利なように使おうと思えばいかようにも使える非常に危険な法律であり、まさに「現代の治安維持法」だという見方も否定できない。

そもそも、問題ありということで過去2回も廃案になったのに、与党はなぜまた急いで復活させたいのか?それについての何の説明もないままに、国民に多くを知らされることもなく、今週の木曜日にも強行採決をする見込みだそうだ。
この動きはいよいよ怪しい。以前からそう感じていたが、これは改憲、戦争に反対する勢力の口封じが目的ではないのか?
そう思っていたら、「きっこの日記」ですごくわかりやすく書かれていた。

これが本当のシナリオなら、自民党のやっている事は、姑息!卑怯!と言わざるをえない。
今はまだそれが言えるだけマシだし、まだ間に合うかも知れない。

もしも将来、「戦争反対の声をあげよう!」と話し合っただけで、警察につかまって、牢屋に入れられて、ヘタしたら拷問を受けるような未来になったら、と思うと、またまた発作が起きそうである。
こんな「心のパニック発作」がずっと続くような社会にはなってほしくない。
私達は、一部の国家権力によって窒息させられそうになっている。
新鮮な空気のありがたさは、息が出来なくなってからでないと気付かないなんて、ナサケナイことにはしたくない。

パニック発作の恐怖覚めやらぬうちに共謀罪のニュースを耳にして、「独房で縛られているような息苦しく不吉なイメージの夢」に、数日間うなされた。こんな時こそ、ユーウツな気持ちとともに、ばりばりと目の前の障害物をこわしつつ、胸いっぱいにキレイな空気を吸い込んで、言いたい事言うしかない!(これが私の被害妄想だったらどんなにラクかと思いつつ・・・。)

<参考ページ>

●基礎知識はココ!
キョウボウザイってなんだ?
http://kyobo.syuriken.jp/what.htm

●さらに詳しく
共謀罪 5つの質問
http://www.jlaf.jp/iken/2004/iken_20040115_02.html

●タイムリーな情報
保坂展人のどこどこ日記
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/c70cefff055ca9475d3f5d9ca168f2bd

●ためになる熱いブログの宝庫
Under The Sun 共謀罪に関するTBセンター(4/23)
http://utshome.exblog.jp/1887155

●とってもわかりやすくワシらの声を代弁!
きっこのブログ
http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2006/04/post_72f1.html

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感謝、御礼。

そぞろ日記さん、華氏451度さん、Under the Sunさん、BLOG BLUESさん、皆様、トラックバックありがとうございます。本当に、いつも嬉しく思っています。
ここ数日パソコンの前から遠ざかっておりましたが、明日は、ひさしぶりにブログと向き合えそうです。(*^^*)

それでは、また明日!

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2006年4月 8日 (土)

サイズダウン

とくらさんの4月4日のエントリーの「ビートたけし」のリンクから飛んだ、日々徒然日記さんで、TVタックルにおけるビートたけしのコメントを紹介していた。(以下引用)


「今の憲法ですら、イラクに自衛隊を派遣できるんだから、
これ以上憲法で認めたら、どうなっちゃうんだろうなぁ」
「(例えとして)いまは坊さんがこっそり酒を飲んでいるのに、
法律で『坊さんは酒を飲んでもよい』と認めたら、
次に何をするかわからない」
「今は政治も、日本国民も昔に比べてダメになった。
そんな時に憲法を変えるような大事な話を決めちゃうのは不安だな」

そんなことを番組で話していた。
お坊さんを例えに出すことが適切かどうかは微妙だが、
彼の発言には、
理屈によって積み上げられた結論ではない、
人間の皮膚感覚から導き出される考え方が宿っている。
そして、
政治側の私が言うのもおかしいが、その考え方は非常に的を得ているように思える。

(引用終わり)
私は以前、テレビタックル内でのたけしの発言があまりにも消極的だったり茶化しだったりしたので、「この人は何を考えているんだ?」とイライラして番組を見るのをやめてしまったクチだが、今回は言ってくれたんだ!嬉しいぞ。

たけしさんが言ってたのは坊さんの例えだったけど、ワタシは自分の経験に当てはめて考えてみた。

ジャストサイズのスカートを買って、ちょっと太ったけど贅肉押し込みながら無理してはいてたら、ファスナーが閉まんなくなった。
そこで痩せようと努力すりゃ良かったのに、体型に合わせて、スカートを買い換えた。
やっと普通にはけるようになったのもつかの間、また太ってきた。
そこで痩せようと努力すりゃ良かったのに、体型に合わせて、スカートを買い換えた。
やっと普通に・・・(繰り返し)

で、「気が付いたら、ものすごい肥え太った自分がそこにいた。」ってオチには、したくないよ~。(^^;)

「押し付け」だから変えるべき、って言ってる人も少なくない(実生活の私の周りにも)けれど、だからといって、
今の自民党にこんな大事な事任せられますかっ!(怒)
だってどう考えても「アメリカからの押し付け改憲」でしょ。今の状況って。

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2006年4月 4日 (火)

軍歌の誘惑

Photo いきなりだが吹奏楽部。新入生獲得のために勧誘する様々なクラブ活動の中で、ひときわ光を放っていたその舞台に思春期のワタシは釘付け。
ポップなヒットソングのメドレーとかはどうでも良かったが、ノスタルジックな「大河ドラマのテーマ」、金管楽器と重厚な打楽器が紡ぎ出す勇ましいマーチの数々、そしてアメリカ映画「天地創造」のテーマ(後に知ったが黛 敏郎作曲)などに血湧き肉踊らされ、迷うことなく入部を決意。ところがその実態は。

比喩でなく本当に血がにじんだ連日の練習、重い荷物運び、主従関係においては要領の良いものが上級生に可愛がられ、仲間同士のライバル意識から来る嫌がらせに等しい行為、コンクールに向けての取り組みも音楽を楽しむというよりいかに他校に勝つかに重点が置かれたまさに体育会系!!ワタシは「鮎原こずえ的スピリット」の持ち主じゃないから、とっととケツまくって逃げ出した。

実は今でもマーチとか民族主義的な現代音楽とか大好きで、それと懐メロ好き要素とが重なって、「軍歌大好き」なのである。(有名な軍歌とか一通り歌える。)一般的には不人気な右翼の街宣車であるが、そこから流れる大音量の「それ」に、思わず足並みが揃ってしまったりする。伊福部昭の特撮映画音楽(地球防衛軍とかゴジラ系)、ジャケットの絵もコワいユーゴ時代の「ライバッハ」(←オイそれはフツーの主婦は知らないと思う)コレは有名な「阿修羅のごとく」のテーマソングにもなったトルコの軍楽「ジェッディン・デデン」など、
周囲にあるもの全てをバリバリとなぎ倒しながら進んで行くカタマリ」的な音が無条件に大好きなのだ。 

自称平和主義者の私をも奮い立たせてしまうマーチの魅力、それと同じように、「全体主義」「戦争」のイメージは、時として痺れるほど魅力的に私の目に映る。ヒトラーの演説、鍵十字のスタイリッシュな演出、一糸乱れぬ行進の秩序正しさ、武器そのものの美しいフォルム、プロパガンダのポスターのシャープなデザイン。
全体主義や戦争という最も非人道的な行為を多くの人民に支持させるためには、これほどの美しい目晦ましと体を奮い立たせる音楽が必要不可欠だったと私は確信する。イメージ操作というのは恐ろしいものである。

先日、ネットで徘徊してたらたまたま「軍マニアの若い女の子」のページを発見した。絶対に体育会系ではなさそうな彼女にとって軍服はファッションの一部なのだろうか?実は若い子がそのようなものに憧れるのがとてもよく解るのだが、その延長線上に「リアル戦争」があってほしくないと願わずにはいられない。

敵をなぎ倒す勇ましいイメージはタンクで暴走する爽快感にも似て、爽やかですらある。しかし、実際の軍隊の構造は限りなく体育会系だろうし、戦場での現実は「アメリカ映画」や「少年ジャンプ」のようであるはずもない。
リアル戦争体験者、水木しげるサンの「総員玉砕せよ」をぜひ読んで欲しい。有無を言わせぬビンタ攻撃、人名は軽んじられ、感覚は麻痺し、性欲と食欲が突出する世界は、マーチの勇ましさとは対極だ。しかしこれが現実なのだと思う。

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2006年3月29日 (水)

ボリュームダウン

数年前、我が子が「なぜ私は生まれてきたの?」と聞いてきたことがあった。小さいのに、随分哲学的な問いかけをするなあと感心しつつ、「しあわせになるためだよ。」と答えた。まるで自分に言い聞かせるように。
人間には幸福になる権利がある。「シアワセでいたい」と願うのはごく自然なことだ。
私にとってのシアワセは、愛する人達が笑って暮らせる事と、バカバカしいことに没頭できる余裕がある事。

今私は幸福だ。置かれている環境に感謝したいし、私が住む場所を大事にしたい。道にゴミが落ちていれば拾うし、よその子が泣いていればどうしたの?と尋ねるし、町内の見回りなど積極的に参加している。その延長線上に日本という国土があるのなら、私はたぶん、「愛国心」(もちろんこの言葉好きじゃないけど)があるということになるのだろう。

しかし日本の外側にも、世界はある。民族や宗教、話す言葉は違っても、それぞれの国にはそこに住むそれぞれの家庭がある、そしてきっと、誰もが自分の愛する人の笑顔を望んでいる。「幸せを願う心」に国境はない。世界のどこかで悲しむ人を想像すれば、私の心も悲しいのである。

だから私は戦争に反対する。戦争は個人の幸福や築き上げてきた文化を奪うだけではない。地球を壊し環境を破壊する。エスカレートすれば、未来の地球はえらく住みにくいものになるだろう。そうなれば「勝ち」も「負け」も、無い。

少し前に現代アートの展覧会の記事を読んだ。隣り合った部屋に一人ずつ住人が居て、それぞれが音楽を楽しんでいる。片方がボリュームを上げる。するとその音が気になりだしたもう片方も負けじとボリュームを上げる。するとまた片方がさらに音量アップ、それに負けじと・・・・。が、繰り返され、最後に轟音の中で二人とも耳をふさぐ、というものだ。

今の世の中を見ていると、この風景が思い出されてならない。
気軽に音楽を楽しみたいだけなのに、なぜか轟音の中に居る。ふたたび音楽を楽しむためにはどうしたら良いのか、立ち止まって考える時期なのだと思う。

余談になるが、昔、面白い例え話を聞いた。人類は長いお箸を持っている。目の前のご馳走を口に運びたいが、箸が長すぎて食べる事が出来ない。自分だけが上手く食べようと四苦八苦しているのが地獄、長い箸でお互いに食べさせ合っているのが天国、というものだ。
単純な私はこの話が結構気に入り、「相手に食べてもらうための長い箸を持とう。」と思ったのだが、どこかの会社でこの話を「滅私奉公」の美談として取り上げて居たのを見て、「道徳というのは権力に利用されやすく出来とるものよのう。」とすこし悲しくなったのだった。

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2006年3月17日 (金)

ぷら、やや復活。

今年はたいした風邪も引かず無事に春を迎えられそうだ~と油断していたら、頭痛と悪寒でまる二日間寝込んだよ~(T_T)
おかげで睡眠不足は解消できたんだけど、油切れで、頭も体もゼンゼン回ってない。
文字読んでも頭に入らないし、やりたい事あれもこれもと気ばかり焦って、休んでるハズなのに、気持ちに余裕がない。だいいちビールが美味くない!(←これ体調のバロメーター)

3日間溜めた新聞の見出しナナメ読みでも、ブッシュがイランと北朝鮮を脅威としている発言や、新聞や教科書の規制緩和の動き、東京地裁で出された決定の不気味さ、改憲に向けての国民投票法案の行方など、引っかかる事ばかりなのに、上手くコメント出来ない非力なワタシ。

そんな中、華氏451度さんからツッコミをいただきました!(以下引用)

> ところでなんも関係ないのですが、配偶者を「ダンナ」と呼ばれるのですね。私はヒトが婚姻関係を結んでいる相手を「主人」「旦那」、あるいは「家内」「女房」などと呼ぶことに昔っから軽い(もしかすると強い、かも)違和感があるのですが……その辺、いかがです? いや、そうかと言って「ハズ」「ワイフ」も違和感いっぱいなんですけどね……。「ウチの家内がね~」なんて聞くたびに「春子さんが、とか名前呼んだ方がいいヨ」と眉ひそめ、考えすぎだとたしなめられております。そう言えば先日結婚した親戚の女性が「主人がね」と連発するので、「じゃあ、あんたは家来かよ」と言ってひんしゅく買ったな……。(部“下”とか“庶”民とか“一般”大衆とかいう言葉にも違和感ある。ほんと、考え過ぎかなあ。上下感覚にムチャクチャ敏感で、そのうえ家族の絆とかに割と冷ややかなので、すみません)

・・・華氏さん鋭い!!
実は、エントリの文章書くにあたって、どう書こうかと迷って手が止まった部分が二箇所、それがまさに「ダンナ」と「庶民」だったんです。

ふだん家ではお互い名前で呼び合ってるんだけど、それがまた特殊なニックネームで・・・万一知る人が見ればワシら夫婦の正体バレバレかも、なんで、ここではヒミツじゃ。
それじゃあ何て呼ぼう、ってなった時に、実は一番最初に浮かんだのが「配偶者
」だった。でも話し言葉の延長みたいなこのブログで、いきなり「配偶者」じゃあ、お役所の書類みたいで浮きそうだな・・・だったら一番一般性のある「ダンナ」で手を打とう、って事になったわけ。
主婦仲間の会話でも、「うちのダンナがね・・・。」「そういえば旦那さん元気?」みたいなノリで、最も自然に使われてる言葉だと思うし。もうちょっと山の手に行くと、「宅の主人は・・・」なんて、ざ~ます調は、未だに健在なんだろうか??
間をおいた人との会話で家族の話題が出た時は、ワタシも仕方なく「おかげさまで主人も元気にしております。」などと使ったりするが。

私の両親はアメリカンな人たちだったので(当時としては珍しく「パパ、ママ」と呼ばされていた)父は母の事を他人に言うのに「ワイフ」を使っていた。さすがに母は「ハズさん」とは言ってなかったけど・・・。(この響きレトロだね。)
そういえば私の古くからの友人は、「ダーリン」「ハニー」と真顔で呼び合っていたよ。
でも不自然にアメリカンなのも今はちょっと引くなあ・・・。

で、また日本に戻るけど、配偶者男の呼び名が「主人」「亭主」「旦那さん」「夫」
なのに対して、配偶者女は「家内」「女房」「奥さん」「妻」「ヨメ」
って、どれも封建的だったり演歌だったりな響きを持つものばかりだ。

「妻」も刺身のツマを連想させて脇役っぽいし、配偶者男を「夫」なんて言ってる人なんか、メロドラマでしか見たことない。
ふだん何気なく口にしてるけど、文字にして比較してみると「男の人は雇い主、女は家の中に居る」ってイメージで、
社会進出してる女性も少なくない現代にあっては時代錯誤な感じだ。

配偶者女をあらわすものとしては、「細君」「カミさん」なんかもある。
前者は文豪チックでわりと好きだが、「守ってあげたいはかないもの」ってイメージで、やはり女は弱いものという感覚から来ているのだろうか?
後者は逆で、「神さん=恐いもの」からの連想だと、恐妻チックである。

配偶者男をあらわす選択肢はそれに比べると少ない気がする。
「カミさん」に対応するのが、カタカナで書いた「ダンナさん」とするのが自然ではないか、という苦渋の選択での「ダンナ」表現でしたが・・・何か画期的で自然な夫婦の呼び名って、無いもんでしょうか、ね?!(華氏さん~ワシも辛いのよ・・・。)



> 部“下”とか“庶”民とか“一般”大衆とかいう言葉にも違和感ある。

「部下」とか「上司」とかはねえ、会社だからしょうがないかなあ、それないと組織はやってけないし、と妥協するけど、「一般大衆」てのは引っかかるねえ。じゃあ「一般じゃない人」って誰なのよ、ってなると、会社以外の場所にも上下関係が出来てしまう。
そういえば「セレブ」ってもてはやす風潮もいただけない。あんなの、金のある人と無い人の違いでしかない。しかも、有り余った金で困った人を助けたり寄付したりするわけでもなく、自宅に豪華なカラオケルーム作ったり、無駄に美味いもん食べたり、贅沢生活でついた贅肉をジムやエステで落としたりしてるんだから、人間性を疑う。それに憧れるのが「一般大衆」って構図がさらにナサケナイ。

それじゃあ「庶民」って言葉は?ってなるわけだが、「庶」という文字を辞書で引くと「雑多な」と出るよ。ってことは「雑多な民」って事?(そういや「雑民党」ってあったよね。余談だけど。)で、庶民で引くと「国民の大部分を占める一般の人」とある。
うわーやられた。一部の人にとって、国民の大部分は雑多な民ってことだ!
もちろん前々々回のエントリではそこまで深読みしたわけではなく、小泉さんが「国民、国民」って連呼してるのが気にくわないのであえて「庶民」て使ったわけだけど・・・。
今憲法変えようとしている人たちにとっては、ワシらホントに「庶民」扱いじゃん、笑えない・・・。(T_T)

何気ない日常の名詞の中にも、差別用語満載なのね。華氏さん、ありがとう。
でも気にしてたら会話が「ピー」だらけになっちゃうよ~。&「ちびくろさんぼ」とか好きだったから、サベツ用語に過剰に反応することで消えちゃう文化があるのも悲しいのだ。
都知事が「シナ」発言するのにはすごく頭に来るのだが、懐メロの「シナの夜」とかフツーに歌ってるしね・・・「チンライ節」とか、良いよ~。(^^)

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2006年2月20日 (月)

知らない間

♪ 知らない間に  兵隊で
     知らない間に  戦争で
     知らない間に  負けちゃて
     知らない間に  終わってた

     これはあきれた オドロいた
     なにがなんだか わからない
     これが自由と いうものか
     とかくこの世は へんてこりん ♪

あ~、ここ数日この歌が頭からはなれないよ~。
これは、私の大好きなエノケンさん(榎本健一)の戦後のコミックソング、
「これが自由というものか」 作詞・作曲/三木トリロー です。

私がこの曲をはじめて聴いたのは今から約15年前。
すごいインパクトのある歌詞だなー、RCも好きだけど、これもイイなー、
なんて、軽い気持ちで「好き」だった。
でも今は、なんだか恐ろしいほど現実味を持った歌詞に聞こえる。

そういえば、何年か前、巣鴨で懐メロのカセットテープや古時計を売ってるおいじいさんと意気投合して(テンションの高いおもしろい爺さんで、だれそれの指揮のオーケストラはこうだ、とかその場で身振り手振りで演奏のマネなどしてくれて・・・)その人が戦前からのレコード狂いだった時の話など、聞かせてもらったのだ。

「ジャズが好きで聴いていたら誰かに密告されて、『あのうちの馬鹿息子は片玉が無い』なんて噂立てられて、それでもこっそり聴いてた。」

なんて話をしたのを、このごろは頻繁に思い出す。(あの爺さんどうしてるかな~?)
うちの母も、繰り返し言ってた。「気が付いたときにはそうなってて、だれも何も言えなくなってたんだ。」って。
でも、そのような経験を生でしている人が、どんどん高齢で亡くなっていくんだよね。

なんて事を、「憲法2次草案作成へ」って大見出しがトップに踊る東京新聞を見つつ考えた。同じ日、他の大手新聞ではどこも報じてなかったよ・・・・。こんな事ってあるの?!

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2006年2月16日 (木)

シンプルな答え

続きです。

昨日のブログにコメントをくださったお玉おばさんは、「常に『国』ではなくて、『人』という考え方」で世界を見ているかただと思います。お知り合いの神父様のエピソードに、「キリスト教徒にもいろいろな人がいるんだなあ~。」とあらためて感じました。

確かに!イエス・キリストの教えにもすばらしいものが沢山あります。有名な所では「汝の敵を愛せよ」とか「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」とか、「人はパンのみに生きるにあらず」とか。マザーテレサのように、絶望の底にあった人々に生きる意味を与え続けた聖人だっています。それなのに・・・今、ブッシュが神の名のもとにやっていることは、その教えとは正反対じゃないですか・・・。

ヨガやマントラを唱える修行で 人智を超えた存在 を感じる事はあると思います。それがオウムでは麻原に悪用されてしいました。

私は神社仏閣が大好きで、時間があるといろいろなお宮にお参りに行きます。家の仏壇、近所の神社、有名なお寺、神仏混合のお宮、とにかく行って手を合わせると、落ち着くのです。無病息災、家内安全、世界平和などをさらっとお願いしつつ、いまここに生かされている事へのお礼を、「見えない誰か」に伝えます。

その「誰か」は、時にはご先祖様だったり、八百万の神々だったり、ほとけ様だったり、その土地の精霊だったり、あるいは宇宙エネルギーだったりするのでしょう。目には見えないけれど私たちを見守っていてくれる名もなき「存在」、そんなものがあったらいいな~、などと思いながら手を合わせているのです。 (我ながらこのポリシーのなさには呆れます。でも、多くの日本人の宗教観って、これに近いんじゃないかと思ったりもして、それでいいのだとも思います。)

今の天皇陛下もそのご家族も、平和を愛する心をお持ちだという事がよくわかります。「国民の象徴」としての天皇陛下を愛している日本人が多い事は、自然な事です。ただ、生きている人間を「神」としてしまった戦前のやりかたに問題があったのだと私は思います。

大いなるものの存在は目に見えません。過去の歴史もその場にいなければだれも本当の事はわかりません。結局、何が正しいかなんて、誰にもわからないのです。「わからない」という事は不安です。だから、人は自分に最も合った神(あるいは仏)を「絶対」とし、自分にとって最も受け入れられる歴史を「真実」としたいのでしょう。

それぞれの人がそれぞれに信じている「何か絶対的なもの」は、真実が何か誰も知りえないのだから、決して否定できるものではありません。そういう意味で、私はイスラム教徒ではありませんが、今問題になっている風刺画については、公表すべきではないと思っています。公表を控えている日本やイギリスの対応は正しいです。

いろいろ考えていくと、何が「悪」なのかが、見えてきます。

私はお話の前半で(昨日のブログ)宗教を否定するような発言をしましたが、「宗教心を持つ事」じたいは、決して悪い事ではないのです。人類より大きなものの存在を否定する事など、誰が出来るでしょうか?そんなものはいっさい無い、という考えの方が、むしろ驕りです。(だいいち、生き物が死んでただの「モノ」になってしまうなんて、あまりにも寂しいじゃないですか・・・。)

何が「悪」なのか、それは「人を殺す事を正当化する思想」と、そういう方向に持って行こうとする一部の権力者です。世界平和のため、自由を守るため、神のため、国のため・・・美しい大義名分はいくらでも取って付けられますが、その目的のためにとる手段が戦争、殺人、侵略、テロなどの暴力行為なのは矛盾していませんか?(利用された神様は、きっと嘆いている事でしょう。)

「目的と手段は同じ」だと、どこかで聞いたことがあります。シンプルですばらしいですね。平和をうったえるのなら、その手段は平和的であるべきなのです。護憲を広めていくなら、その手段として異文化や相手を思いやる心、違う意見にも耳を傾ける余裕が必要と、自分自身にも言い聞かせています。(なかなか難しいのですけどネ。)

だから「平和主義者」のみんな! いくら崇高な目的であっても、目的を達成するための手段に、嘘や不正や人を傷つけるものが含まれていることに気付いた時、疑問を持つ勇気と、自分なりに真実を見つめる目を持ち続けてください。偉そうかもしれませんが、これは己に向けての課題でもあるのです。 (*^ ^*)

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2006年2月15日 (水)

ソボクな疑問

私が中学からみっちり6年間通ったのは、厳格なカトリックの女子校でした。思春期の多感な時期をここで過ごした事の意味は大きかった~。(^^;)

週に1回は全校生徒が講堂に集まってミサをとりおこない、朝礼では日替わりで聖歌を歌い、授業や食事の前後には十字を切って「お祈り」(もちろん教育勅語のように暗記)。「宗教」の授業では旧新約聖書を教科書に、テスト問題は心の中にまで踏み込んだ質問も多く、反キリスト教的な答えを書いていた私の「宗教」の成績はおそらく最下位に近かったと思います。おかげで教師よりも権力のあったシスターからは悪魔よばわりされていました。(マジで・・・笑)

旧約聖書からの引用

> 神は「息子イサクを山上で焼き、神に捧げよ。」とアブラハムに命じる。アブラハムは迷い苦しむものの、息子イサクを山上へ連れてゆく決意を固める。山上へ旅立つアブラハムと息子イサク。山上へ到着した後、覚悟を決めたアブラハムは祭壇上で息子イサクの喉元へ小刀を当てる。が、次の瞬間、神の言葉が響く。「お前が神を恐れる者であることがわかった」。そして神はアブラハムを祝福する。

引用終わり

結局、神はアブラハムの忠誠心を試しただけで、息子イサクは殺されませんでした。シスターは、「神のためなら実の子も生贄に捧げるアブラハムの信心深さ」を褒めたたえました。当時中学生だった私は、何とも言えない不愉快な気持ちになったのを覚えています。

これが事実なら、神様って、ずいぶん疑り深くて自己中心的な嫌なヤツじゃん!しかも「神」なんていうワケのわからない者の命令で、自分の子供を殺す事が正しい事?さらにこの話を美談だとして生徒に語っているこのシスターって一体・・・?!

それらの疑問をすべてシスターにぶちまけました。

「神様がおっしゃるなら、人殺しも正しいのです。」 と彼女は涼しい顔で答えました。失望した私は、クラスの親しい友人にこの違和感を訴えましたが、「そんなくだらない事を考えてるヒマがあったら勉強した方が良い」とたしなめられたり、「胃が痛くなるからそういう事には答えたくない」と言われたりして、まともにとりあってくれる友はいませんでした。・・・結局私は「神に対する腑に落ちない感じ」を引きずったまま卒業しました。

それから何年かたってオウム事件が起きた時、「来るべきものが来た」という感じを拭えませんでした。教祖麻原は自らを「神」と称し、ポアと言う名目で「殺人を正当化」していたからです。

私はこの構造が何かに似ていると思いました。明治憲法以降の戦前の日本、天皇が「現人神」になり、その神を信じさせられ、戦争をし、人を殺し、自らも死んでいく。それに疑問を持つ事が許されない世界。戦前の天皇制はまさしく原理主義でカルトだと直感しました。でも、それについて深く語る事はいまだに禁じられています。

今行われている戦争も、「聖戦」を掲げるイスラム教徒と「自由と正義」をタテマエに戦うキリスト教徒との戦いだと私は思っています。「正しい戦い」「平和のための戦争」・・・自分たちこそが正しいと信じ込まされて突き進む戦いに終わりはありません。このまま突き進む先に見えるのは、環境破壊か、人類の滅亡か?もういいかげん気付いてもよい頃ではないでしょうか?

つづく

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2006年2月12日 (日)

はじめまして。

一年前の私は、熱心なドールコレクターでした。

パソコンを始めたのも「eBay」で海外のヴィンテージドールを安く手に入れたかったから。

家族と過ごす以外の殆どをドールに費やしていた甘~い日々を大きく変えたのが、昨年の9.11衆院選でした。

それ以前から、ネットオークションのかたわら覗きはじめたブログや掲示板で、イラク戦争、憲法9条改定や共謀罪の動きを目にしていた私にとって、まさに9.11は今までの「趣味三昧お気楽生活」が崩壊した日であったのです。

あんなメチャクチャなやりかたをした小泉政権が、圧勝してしまうなんて・・・!

「今の日本って、何かヘンじゃない?」という、素朴な疑問にも、周囲は「考えすぎだよ~。」と笑うばかりで、それが私の不安をいっそう強くしました。

それ以降、ネットでの情報を知れば知るほど、テレビや大手新聞は、大切な情報を伝えていない事に気付かされました。

これからは、一主婦であっても政治に無関心ではいられない、心が、世の中が平和でないと、趣味に没頭する事もできません。

本当は、人形の事だけ書いていたい。でも今は、こんな「人形者」の私でも、平和について発信していかねばと思うのです。

そんな思いでこのブログのタイトルをつけました。

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