2006年10月 1日 (日)

日常会話で君が代、日の丸

● 「卒業式に君が代を歌わないだけで処分されるのは、おかしいよね~。」

当然、「うん、やりすぎだよね。」的な言葉が返って来るものと思って発した一言だったが、そのママ友達は、
「でも、卒業式の規律を乱すほうが迷惑なんだから、処分されて当たり前なんじゃない?だいたい、歌うか歌わないかでそんなにゴネてもしょうがないよ。」と当然のように仰るではないか!

「本来子供たちに規律正しさを指導しなければならない立場の教師が、自ら規律を乱すのは好ましくない。」
一見もっともらしい意見だけど、違和感を感じた私は、「でも、君が代の歌詞の意味を知れば、歌いたくない人がいるのもわかる気がするけどなあ・・・。」と、マイルドに突っ込んでみた。

するとそのお母さん、「え?歌詞の意味?何それ?」とケロリ。
問題の本質を一切知ろうともせずに、一方的な情報だけで善悪を判断する姿勢に「頭クラクラ」の瞬間だった。
教師が卒業式を乱してまで、処分されるというリスクを覚悟してまで取った行動には何か理由があるとは、思わないのかね?!

●ここでちょっと君が代の歌詞のルーツ。

今から1100年も前の「古今和歌集」の中に存在した「わが君は ちよにやちよに さざれ石の巌となりて 苔のむすまで」 読み人知らずのうただったらしい。
それが平安末期頃、「わが君は → 君が代は」という形うたわれるようになり、おめでたい場合の舞などに取り入れられ、大衆の幅広い支持を受けてきたのだそうだ。
この時点では、君=天皇とは特定されていなかったみたい。

明治時代になると、「日本にも国歌が必要」と考えた薩摩藩の大山巌らが「君が代」の古歌を選定し、1869年(明治2年)イギリス公使館の軍楽長に作曲させたのだそうだ。
雅楽っぽいアレンジで、曲もかなり古くから付いていたと思い込んでいたので、「メロディーは約140年前の英国製」だった事には少し驚いた。

明治2年といえば、戊辰戦争が終わった年で、この戦争での朝廷がたの戦死者を慰霊するために、東京招魂社(靖国神社の前身)が創建された年でもある。日本が「欧米化」に向けて突き進んでいた時代だと考えると、「作曲は英国人」というのも不思議ではないのかもしれない。「天皇制」自体が、欧米の一神教「キリスト教」をモデルにして作られているわけだし。

そして1880年(明治13年)、宮内省雅楽課の林広守らによって、現在の「君が代」の楽譜が完成されたということだ。ちなみに初演は同年11月3日の明治天皇誕生日で、この時点ではすでに「君=天皇」になっているようだ。で、1893年(明治26年)に「小学校儀式唱歌用歌詞並楽譜」において祝日大祭日の儀式で歌うこととされたのだそうだ。
戦前の国定教科書には、以下のように書かれている。

> 我が國の祝日や其の他のおめでたい日の儀式には、國民は、「君が代」を歌つて、天皇陛下の御代萬歳をお祝い申し上げます。
> 「君が代」の歌は、我が天皇陛下のお治めになる此の御代は、千年も萬年も、いや、いつまでもいついつまでも續いてお栄(さか)えになるやうに。」といふ意味(いみ)で、まことにおめでたい歌であります。
> 私たち臣民が「君が代」を歌ふときには、天皇陛下の萬歳を祝ひ奉り、皇室の御栄を祈り奉る心で一ぱいになります。

こうやって、天皇=神という「一神教的な構図」が作られていったんだね。
君が代の「君」が「天皇」とイコールになって、それとほぼ同時進行で欧米化が進み、海外に向けての戦争ばかりの歴史と共に、国民を一つにするアイテムとして登場した「君が代」。
たかが歌なのかもしれないけれど、過去にその歌が果たした役割は、やはり大きかったのだろうと思う。
だからこそ、「君が代」を、金科玉条のように敬う人がいるのと同時に、歌詞を聞いただけで拒否反応を示す人もいるのだろう。

●今度は、日の丸について。

苺に林檎にサクランボ、トマトにイクラにてんとう虫・・・「赤くて丸い」ものに何故か心癒される私は、ハードプラスティックドールにもよく似合う「白地に赤い水玉もよう」の生地が大好き。

「白地に赤ドット」、といえば、連想するのが、母が子守唄代わりに唄ってくれた「白地に赤く・・・」の歌。
日本の国旗、日の丸の歌である。
戦争中もさほど苦労した事がなく、どちらかというと「右」だった母は、「兵隊さんよありがとう」とか「君が代」なども子守唄のレパートリーとしてフツーに唄っていた。私はそれが「フツーの感覚」として育った子供だった。

だから私にとっての「君が代日の丸」は、幼少時の母との思い出の一部でしかなく、個人的には、「国旗に対するアレルギー」は、さほど無いほうの部類だった。
運動会で校庭に万国旗とかが飾られるとワクワクするし、「民族衣装」とか「イッツ ア スモールワールド」的な世界が好きな私は、日の丸のデザインも、けっこう可愛いじゃん、などと思ってしまう事がある。

日出処の天子、那須与一が射た扇の紋様、合戦の旗印など、丸い太陽のデザインの歴史は古いのかもしれないが、「国旗」としては、黒船来航以降日本の船が多くの外国船と接するようになった時、「国籍を見分ける」というような、合理的な目的で使われていたのが最初なんだと思う。

近年でも、オリンピックやワールドカップのような国際的なスポーツで、「競技中にどちらが自分の応援している国かわかりやすくするため」「自分がどの国を応援しているかアピールするため」のアイテム(シンボルマーク)として国旗を使うというのは、理にかなっている。
日本の国旗がはためくのをを見ると熱くなる人にスポーツ好きが多いというのも気のせいではないだろう。私も幼少時、オリンピックで日本が優勝したときに揚がる日の丸にトキメいたクチだ。

でも、「教科書が教えない歴史」で有名な「自由主義史観研究会」のHPによると・・・

> 国歌や国旗に対して敬意をはらわなければいけないのは世界の常識です。
> 行事や式典などで国旗が掲揚されたり国歌が斉唱される場合は、たいていは起立して敬意を表します。
> 国によっては右手を胸にあてたり軍人は額の横に手をあてて敬礼をしたりします。


・・・って、「真ん中に赤い丸がついたり青や赤で模様がプリントされてる一枚の布」に対して、ここまで「敬意」を払わなければいけない理由は何なのだろう?これって偶像崇拝じゃん、って思ってしまうのは私だけだろうか?

そう思い、戦争中の日の丸の扱われ方を少し調べてみると、検索でトップにでた「たむ・たむページ」さんの「国旗・国歌のページ」に膨大な資料が・・・!(以下一部引用)

> 「日の丸」は、外国に対しては標識・船印であったが、国内に対しては天皇制権力のシンボルとしての役割を国民に対して果たした。
> そしてそれは、1889(明治22)年の大日本帝国憲法発布ごろから、析にふれ、事にふれて強調されるようになり、日清・日露戦争のころには戦意高揚の国家スローガンとして利用された。
> その後、満州事変・日中戦争・太平洋戦争へと戦端の拡大とともに、君が代と一緒に、軍国主義・国家主義の高揚の大役を担わされるようになるのである。

> つまり日本帝国軍が、海外、特にアジアにおいて「日の丸」を先頭に武力行使を行い、占領した地域で必ず日の丸を立てたため、中国をはじめアジアの各地域では、「日の丸」を悪魔のシンポルのようにおそれ、僧んだのは当然の帰結であった。


国民に対しても、「国旗を尊重すること即ち皇室の尊崇であり、国旗を尊重すること即ち国体の擁護である」という思想が植えつけられた。
戦地へ赴く兵隊さんにいっせいに日の丸を振って、心の中の悲しみを表に出すことすら許されず、「バンザーイ、バンザーイ。」と繰り返す光景、日の丸にびっしり寄せ書きや千人針をしたものを腹に巻いて敵陣に突っ込んだなんて話も聞く。軍歌や唱歌にも日の丸を題材にしたものは多い。

日の丸を見るとその時の悲しい思い出がよみがえってしまう人、そんな悲しい戦争の思い出が、ずっと「日本の象徴」であり続けることに違和感を持つ人も少なくないだろう。

そんな風に、君が代、日の丸の歴史をふりかえってみて、
「熱心で生徒思いの先生ほどこの問題を深刻に考えてしまう」というのがわかるし、「なぜ戦争で負けたときに新しい国旗や国歌をつくらなかったのだろう?」と不思議に思う。

●よその国を見てみると

国の情勢が大きく変わった時には、国旗や国歌も変えられているし、それらへの接し方も、一部の全体主義国家を除いて日本よりもおおらかでアバウトなようだ。(←お玉さんのところで村野瀬さんが紹介していたページです。)

話はそれるけど、昔みた「まんが日本むかし話」で、題名もわからないのに記憶に残ってる話がある。
村にあるお地蔵さんを、子供たちが首に縄をつけて引っ張ったり、上に馬乗りになったりしながら遊んでいる。それを見た大人たちが、「お地蔵さんを粗末にするでねえ!ばちがあたるで!」と叱りつけて、その後子供たちは、大人の言いつけを守ってはお地蔵さんを丁寧に扱う事になったのだが、ある日大人たちの夢枕にお地蔵さんがあらわれて、「子供たちとあそばせてくれ~。」
それで、今までどおりお地蔵さんと遊べるようになって、子供たちもお地蔵さんも大満足でめでたしめでたし、ってお話。

日の丸、君が代に対しても、このくらいおおらかで良いんじゃないかなあ?
君が代のメロディーの生みの親である英国の国歌も、「女王様」という一人の人を称えた歌詞になってる。そう言う意味では日本と似ていなくもないけれど、英国王室には日本ほどタブーがないように感じる。(英国人じゃないから断言は出来ないけど。)

1950年代には英国ぺディグリー社から、エリザベス女王とチャールズ皇太子、アン王女のキャラクタードールが出ているけど、服を脱がせたり撫でられまくったりしてぼろぼろになる可能性の高い幼児向けの人形を作らせちゃうなんて、英国王室、太っ腹だ。
パンクムーブメント時にもいろいろいじくり回されてるし、ダイアナさんは太った水着写真とか撮られちゃうし、ユニオンジャックもTシャツ、タオルのみならず、ティッシュケース、紙箱や貯金箱なんかの日常品にも使われて日本の100円ショップでも山積みされてるし、良くも悪くもノリが軽い。そしてその分愛されているような気がするのだ。

●私の好きな歌の一つに「イマジン」がある。

「この世から戦争をなくし、国境すらなくすほどの危険な音楽」なのだそうで(← ある友人からこのように紹介されて、大槻ケンヂ氏の「イマジン特攻隊」を読んだ。)確かに、アメリカやイギリスでは、歌うのを禁止している所もあるし、私を統一協会の魔の手から救ってくれたくらいまったく「危険な」音楽(爆)だ。

万一国歌が「イマジン」だったりしたら、たぶん私は嬉しい。
だけど猛反対する人たちが、当然出てくる。そしてもしその人たちに国がなんらかの強制をしたら、私は悲しい。内容以前に、国旗国歌とは、「強制」してまで敬意を払わねばならないもの、神格化しなければならないものだと、私は思わない。

「人間として、日本人として、国旗や国歌に敬意を表するのは当たり前」なんて言ってる輩がいるようだけど・・・想像してごらん。もし日本の国歌が「イマジン」で、それを歌わないと処罰されて、強制的に起立させられ、きちんと歌っているか声の大きさをチェックされる世界を・・・。

喜んで、「イマジン国歌」に敬意を払って起立する気に、なりますかね?
いくら私が個人的に「イマジン」を好きでも、もしそれが、多くの国民を強制させる道具に使われたとしたら、やっぱりイヤだな。そしたらやっぱり、「イマジン強制反対!」とか言ってるかもしれない。
もっとも、「国なんてない事を想像してごらん」って歌詞を、国が歌えと強制する事ってありえないんだけどネ・・・(^^;)

結局の所、私は「国家に何かを強制させられる」のが、イヤなんだと思う。右も左も関係ねえっ!!
そういう意味でも、今回の東京地裁の判決は、画期的だったんじゃないかな。

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2006年9月11日 (月)

地雷踏んでもよかですか?

はじめに
布引さん、コメントありがとうございます。
喜八さん、TBありがとうございます。
今回ばかりは、あえてこんなエントリーを立ててしまった私をお許しください。(^^;)

数日前、「あ」さんというかたから「コーソツ主婦の靖国問題(1)」のコメント欄に、

> 「私はこの記事には賛成できなきない思想をもっているが、一部賛成できるところもあるので忠告しよう。
今後二度と日本を侮辱する発言をしないほがいい。」
(原文ママ)

という、「紳士的なご忠告」を、いただいた。
で、ちょっと考えてしまった。(村野瀬さんもご指摘くださっていますが。)
「日本を侮辱する発言」って、どの部分だろう?そこで推理してみる事にした。

「怒れ、戦争体験者」にいただいた二つ目の「あ」さんのコメント

> 反戦洗脳乙

が、ヒントになると思った。
2つのエントリーに共通する事といえば、「先の大戦中、日本国民の多くは権力の犠牲になった」「あの戦争は間違っており、当時の指導者には戦争責任があった」という論調だろうか?
でもそれって、「中国や韓国の反日教育がうんたら」とか、「日教組がうんたら」とか、「最近の左傾化したNHKスペシャルがうんたら」とか言う以前に、事実なんじゃないの?

ワシなんか、ぜんぜん勉強してないから幸いにも(爆)「日教組」の影響は受けなかったけど、周りの年寄りとか親戚とか親とかが、「フツーに」「当事者の目で」語っていた生の声を聞いていた。

ウチの両親なんて、自民党大好きで共産党大嫌い、しかも中国韓国北朝鮮大嫌いの筋金入りの差別主義者だったけど、それでも「戦前の日本には自由はなかった、言論弾圧はあった、大本営発表に騙された、天皇は神だって信じ込まされた」って、繰り返し言っていた。
(どこかのブログで「戦時中の言論弾圧はなかった」なんて記述を目にしたけど、そっちの方が不自然だよね。)

それを「反戦洗脳」とか言われちゃうと、困っちゃうなあ・・・。
そもそも、「反戦」って、いけないことなのか?!「正しい戦争はOK」なのか?!
誰が「正しい」って決めるのか?! 「正しいつもりでいたこの戦争、やっぱり間違っていました」って事が、リアルタイムでも起こってるんじゃないのか?!

私は、人の言葉は極力善意にとらえようと努めているので、「あ」さんが純粋に私のブログが炎上するのを心配してくれているのだと今回は思うことにした。

8月15日に、加藤紘一邸が右翼に放火された事件も、悪意にとらえれば「言論を封じ込むテロだ」「非常に危険だ」ということになるけれど、火をつけた当事者に感情移入して善意に考えてみれば、「自分が大事にしている思想の危機に黙っていられなかった。」っていう側面はあると思う。(だからといって暴力を肯定しているわけではないのだけど)誰だって、自分が信じているものを否定されるのが怖いのだ。

私はイスラム教徒ではないけれど、風刺画で自分の宗教を傷付けられたと怒る人たちがいるのは、わかる。
私は靖国神社の遊就館に展示されている先の戦争を肯定する歴史観を信じていないけれど、靖国に家族の英霊がいると信じている人たちがいるのも、わかる。
自分が信じているものを否定される事、言論に自由の無い世界、宗教・思想を選べない世界ほど恐ろしいものはない。

だからこそ、私がもっとも憎むのは「言論弾圧」と「暴力によって相手をねじふせる事」なのである。
私がいかなる戦争をも憎むのは、「言論弾圧」と「暴力によって相手をねじふせる事」が合法的だという体裁をとって行われるからである。これを曲げるつもりはないし、せっかくご忠告いただいて申し訳ないけど、この事だけは、これからも事あるごとに書き続けていくのだと思う。

「あ」さんが私の記事を「反戦洗脳」ととらえるか否かは「あ」さんの「自由だ~!」
でも、私が自分の敷地内で何書こうと「自由だ~!」っていうのも、認めてもらえますよね。
コレ否定されちゃうと、「すでに言論弾圧は始まっている。軍靴の音が・・・ガクガクブルブル」っていう読者さんを、増やすことになっちゃうからね。そんな北朝鮮みたいな日本には、愛国者としてしたくないですよね!

ちょいと話はそれるが、アキバで演説する時期総理候補の動画を観た。活字を読むかぎりでは、安倍さんと麻生さんの政策に大差はないなんて言われてるし、今週の週刊プレイボーイでの漫画家本宮ひろ志との対談でも「女と歩いていてヤクザに絡まれたら、女を守ってやれるような男じゃないと捨てられる」な~んて、何とも下世話でお子ちゃまな例えで「国防」を語っており、一国をまかせるのは極めて不安な人物であると感じる。

しかし動画での麻生さん、後ろにもお年寄りにもさりげなく気を使う神経の細かさ、気分が悪くなった時に駆け込む場所までご案内、皆を退屈させないオタク系うんちくの数々、超ポジティブなアジアとの関係、最後の握手でバンザイの場面では谷垣さんを真ん中に誘導するさりげなさ、どれをとっても自然でスマート(笑)、曲がったお口までがサワヤカ(!!)に見えてしまいました~~いや~マイッタ。政治家じゃなくて、上司だったら、そして、見識を疑う数々の発言がなければ、一緒に飲んでみたいNO.1だね!3人の中では!(安倍ちゃんなんかカスミまくりよ。)

と、いう風に、たとえ思想信条はちがっても、憎めないヤツはいるわけで、それは他国や他民族や他宗教にも存在するわけで、そうやって広げていくと、私にとっては国境だの民族だのどうでも良くなってしまうのだ。だから戦争はしたくない。ただそれだけだ。

まあなんつか、ぐだぐだ書いてきたけれど、
私の記事にほんの少しでもシンパシーを感じてくださった「あ」さんなら、「話せばわかる。」と信じてエントリしました。これからも好きに書きたいから。読んで不愉快になるのなら、「お宅訪問」しなければ良いだけの話。

でも、万一今度カキコする時は、「オレの個性が光る」HN、考えといてくだされ。他の虫と間違えてうっかり削除しちゃうと困るから。(^^)

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2006年8月19日 (土)

コーソツ主婦の靖国問題(1)

この文章を書くにあたり、まず無学な一主婦が、何故こんな問題に首を突っ込んで頭を悩ませなければならないかを考えて、苦笑してしまった。ホントなら、晴れた日の休日、コドモと一緒に弁当でも持ってお出かけしたり、ショッピングを楽しんだりした方が、よほど健康的で家族も喜ぶはずなのだ。私は一体何をやっているのか?

靖国問題である。例によって、自分の立ち居地を明確にするためにも、いろいろな意見を読み漁ってみた。小泉総理靖国参拝にやや肯定的な上坂冬子さんの「戦争を知らない人のための靖国問題」から、前面否定的な赤旗の記事まで。そして、読めば読むほど安易に意見を書く事が難しくなっている自分がいる。

小泉総理靖国参拝肯定派の人の中には、戦勝国によって裁かれた「東京裁判」は不当である、よってA、B、C級の、「いわゆる戦犯」は存在しない。との主張もあるようだ。仮にそうだとしても、「戦前日本のやってきた事が正しかった。」という事にはならないはずだ。
61年も経って今更、といわれるかもしれないが、戦争体験者の生の声が聞ける最後のチャンスである今こそ、日本は自らの手で、あの大戦の責任の所在を明らかにしなければならないのではないか。

また、「当時の戦争を煽ったマスコミやそれにのせられた国民にも罪がある」「一億総懺悔」などといって、特定の戦争責任者をあいまいにするような言論も当時からあったようだ。
先日のテレビでも、靖国関係者のうちの一人が、「戦争を指揮した側と国民の間には開きはなかった」というような発言を堂々としていた。

でも本当にそうだろうか?
この論法を今の政治に当てはめたら、小泉が靖国参拝をしたせいで中国や韓国との関係が悪化したのも、「小泉劇場を煽ったマスコミやそれにのせられた国民にも罪がある」「一億総反省」ってなことになってしまう。

じゃあもしこの秋から安倍ちゃんが総理になって、万一額賀ちゃんが防衛庁長官に指名されて、「総理と防衛庁長官が決断すれば、敵基地攻撃が出来る。」って、北朝鮮に「自衛のための」ミサイル打ち込んで、それがキッカケで戦争なんかが起きちゃったとしても、「安倍劇場を煽ったマスコミやそれにのせられた国民にも責任がある。」って、言われるんだろうか?!

こうやって必死で抵抗してこんな文章書いてるワシらの存在は無視して、ですか~~~~ッッ。

もちろん私は戦後生まれだから、当時の状況を見て育ったわけじゃない。
「いわゆるA級戦犯」の中にも、本当は死刑になるべきでなかった人が居るのかもしれないし、死刑を逃れた人たちの中にも、「平和に対する罪」を犯した人物が、いるかも知れない。当時の日本がそれを裁く力がなく、戦勝国のみによって行われた裁判がいくら不当なものだとはいえ、「戦争責任者」というものは、存在するのだ。

さらに、戦争に反対した国民が確かにいた事、それを「非国民」として弾圧してきた現実は消す事が出来ない。

「騙された」人たちにとって、戦争は正義であり、死は崇高なものであり、死してもなお「靖国で会おう」という希望があった。
しかし、「騙されなかった」人たちにとって、戦争は人殺しであり、死は恐怖であり、死して靖国にいく事に、意味はなかったはずである。
加えて、「この戦争は間違っている」と口にする事も出来ず、下手をすれば「非国民」として捉えられ、拷問を受けたのだ。その人たちにも、「一億総懺悔」などと、言えるのだろうか?

そのように考えると、日本人でも戦争に反対して弾圧された人は「戦争被害者」であり、「侵略戦争の被害者」である中国や韓国と同じ論調になるのは当たり前なのではないか?
そんな事を書こうものなら、「お前は共産主義者か?中国へ帰れ!」「アカ」「非国民」とか言われたりするのだろうか?ただのいわゆる「平和主義者」のワシなのに・・・???

でも私は声を大にして言いたい。「戦争を指揮した側と国民の間には開きが・・・・あったに決まってるじゃん!!!

と、今の自分の立場と国の指導者の立場の開きを考えるにつけ、思わずにはいられないのだ。
(つづく)

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2006年6月14日 (水)

カルトな日々

昼は学校、夜は家庭、日本に居ながら取り巻く環境は「キリシタン指数100%」で、優等生の演技をし続けなけらばならない私は忍耐の飽和状態に達してしまい、ある時、キレた!(その模様は後日中継)
で、いつしか「セックスピストルズ」と「時計仕掛けのオレンジ」大好きな、表向きはお嬢様、裏では「セックスと酒と暴力」にどっぷりつかったデストロイな生活をおくるようになる。

そして何の希望も持たず卒業し、社会人に。当時の精神構造をよくあらわす髪型、「セミモヒカン。」(80年代の「内田春菊」の漫画の中に出てくる「友沢ミミヨ」の髪型・・・って、マニアすぎてわからんか。)まあようするに控え目なモヒカンヘア。頭頂部をおろすとただのボブヘアになるので「常識ある」社会生活も可能だが、じつは隠れている半分がスキンヘッドな髪型。

しかし、そんな「乖離」した生活にも嫌気がさしてきた。恥ずかしながら、「恋」をしてしまったのだ。私は戸惑い、「この人にふさわしい自分」を取り戻すため、試行錯誤を繰り返した。そんな時、数少ない友人の一人から、「最近はまっている事があるんだけど、一緒に行かない?」と誘われた。以前はよく一緒につるんでいたのに、最近は、「ちょっとやらなきゃならない事があるから。」などと言われて、彼女においてけぼりをくらっていたのだ。

「実は今『聖書』の勉強しててさ~。貴方なら、クリスチャンの気持ち、わかってくれるかなあと思って。」恥ずかしそうに、彼女は言った。彼女とは以前から本や映画の趣味が合い、世の中の不条理に疑問を持つ彼女の「正義感」にいさぎよさを感じて尊敬していた部分もあるので、二つ返事でOKした。「聖書」について勉強できるというのも、魅力だった。この頃の私は、「家庭が不幸なのは、私が『キリスト教』というものをしっかり学んでいないせいではないか?」と思っており、この機会はまさに渡りに船と感じた。

親友に連れられて通うようになったその「聖書の勉強もさせてくれるカルチャーセンター」は、居心地のよいものだった。孤独な私を迎え入れてくれる家庭のような空間。ほんの少しの受講料を払えば、映画やビデオも見せてくれるし、学校では学びきれなかった聖書に関する「深い解釈」も教えてくれる。帰り際には松下由樹似のお姉さんが優しく声をかけてくれて、お茶とお菓子まで振舞ってくれる。他の生徒も若い男女ばかりでサークル気分。「私の居場所はここかもしれない」という思いで、通うのが楽しみになってしまった。

同期生の中には、「こんな難しい授業、何の意味があるのかなあ?かったるい」って態度の人もいたけれど、幼い頃に教会に通い、学校で聖書の知識も少なからず身につけていたためか、さほど難解に感じなかったばかりか、新しい発見の連続だった。その日に観た映画の感想文などを褒められるにつけ、学校では味わえなかった優等生気分に浸る事も出来る。

しばらく通った頃、今度は「合宿」に誘われる。「どこに行くかって事は、絶対家族や周りの人に言わないでくださいよ。」と釘を刺され、「??」と思ったが、もともと仲のよい家族ではないので、どうってことなかった。荷物をまとめ、行き先も把握せずにバスに乗る。着いたのは小奇麗で無機質な施設。「これから合宿が終わるまでは、外出も電話も禁止です。よけいな私語も慎んでください。」なんて事を言われ、「優等生のふりが得意」の私は、「そんなの朝飯前」とばかりにそれに従う。「聖書の新しい解釈」の授業では、ビデオテープに出ていた講師がナマで出演。けっこうなカリスマぶりにテンションあがりまくりだった。

一緒に授業を受けていた仲間のなかには、慣れない環境とぶっ続けの授業に、疲れをみせるものも居たけれど、もともと「苛酷な環境」に身を置くことに慣れていた私は、ぜんぜん平気だった。知らない人とペアになって「あなたの欲しいものは何ですか?」との問いが何度も繰り返され、それに何度も答えるという「自己啓発系」なカリキュラムもあって、隣の男子は涙を流しながら執拗に「女の名前」を連発しており、「はは~~ん、彼は失恋してここにきたのだな~?」などと推測する余裕が私にはあった。

しかし、授業の内容が深まるにつれヘラヘラした気持ちでいられなくなる。私たちは人類の歴史以来ずっと堕落し罪を背負っている「サタン」であり、そこから救われるためには「メシア(救世主)」に従わなければならない、という事がわかってきたからだ。

今までただの教科書と思っていた聖書が、徐々に事実を書いた歴史書のように見えてきて、私たちの生活そのものが神の歴史の大きな流れの一部のように感じ始めると、その壮大なドラマの中に参加して、未来に向けて作られるであろう新しい聖書の歴史に、マグダラのマリアのごとく12使途のごとく自分がいるような、恍惚とした気分になってきたのだった。

「メシアがこの時代のこのアジアに降臨されたこと、あなた方がここに居る事にも、意味があります。メシアが誰かは、セミナーが終わってからお教えします。」と、講師の意味深な発言とともに、合宿は幕を閉じた。解散して同期たちと駅に向かう途中の景色が、今までとぜんぜん違って見えた。派手な服装をして歩く若者、いちゃつくカップル、街に流れる恋愛ソングまでもが、ヘンに聞こえる。「何かみんな『サタン』に見えるんだけど・・。」同行者がつぶやいた。「私もそう思ってた。」見慣れた景色が、何だか薄気味悪かった。

次の日「センター」に行くと、今まで「いらっしゃい」だった挨拶が「おかえりなさい」になっていた。私にここを紹介してくれた友人が仰々しい感じで向かいに座り、「いままではお客さんだったけど、今日からは貴方は私たちの家族。だからもう、お菓子でもてなす事はしないけど、今度は貴方がここに来る人たちをもてなしてあげて。」というような事をいわれる。儀式的な行為に違和感を持ち、「これって宗教でしょう?」という問いが喉元まで出ていたが、「疑いを持つ事自体がサタン」だって言われそうだし、「宗教じゃない」って言うに決まってるので、黙っていた。

「センター」から出て、街を歩くのが、何だか怖い。誰かに見られているような気がするし、とにかく「サタンの誘惑」でいっぱいなのだ。何か大変な事が起きようとしているのに、誰にも相談できない。かといって、「センター」の人たちが100%信用できるわけじゃない。救いを求めて選んだ道なのに、結局はまた孤独なのだと苦笑して、たまたま上映中だった映画「イマジン」を観た。

それまでビートルズは知ってても、とりわけジョンレノンのファンでもなかったので期待していなかっただけに、衝撃的だった。全く、洗脳をとくために魂がここに向かわせたのかと思うくらい、今までのぼやけた視界がいきなりクリアーになるように、寺山修司の映画で薄暗い四畳半のふすまの向こうにいきなり大海原が開けるように、今まで自分のやってきた事がすべて間違っていた事に気付かされたのだ。

その次にセンターに行ったとき、私がする質問は、決まっていた。
「もしメシアが誰かを殺せと言ったら、貴方は殺しますか?」
その問いに、「殺人を肯定するようなメシアはメシアじゃない。」という答えが返ってきたならば、まだここに居ても良いと思っていた。しかし返ってきた答えは「メシアがおっしゃるなら従うしかない。」だった。これはアカン、学生時代のシスターと同じだ、と思った。

「貴方の祖先の罪を見てあげるから、次回は家計図書いてきてね。」といわれてそこを出たが、心の中で「二度と来るか。」とつぶやいていた。ぷっつりと足が遠のいた私を心配して、松下由樹もどきから何度も電話があった。「今度は手相を見てあげるから。」「宝石の展示会があるから、行かない?」やさしいかった口調が、しだいに激しく早口になってくる。ついには職場にまであらわれた。

そんなストーカーっぽい事を、しばらくやられて、誘ってくれた友人とも、気まずくなってしまった。友人は、「いっしょにやってきた子達も、まだみんな頑張って通ってるよ。」とも言っていたし、「桜田淳子や、政治家の安倍晋太郎なんかも、教義を受けているんだから信じて。」とも言っていた。私が聞く耳持たないでいると、「貴方にはわかって欲しかった。」といって涙ぐんだが、それ以上の強制はしなかった。しばらくしてから彼女から韓国土産と「メッコール」が届いた。いつの間にか結婚していたのだった。配偶者は私の知っている「カレシ」ではなかった。

霊感商法や合同結婚式、教祖文鮮明のスキャンダル等で、今となっては悪名高き「統一協会」であるが、そんな騒ぎがおきる何年か前、「宗教」に無防備な日本の善良な若者は、いとも簡単に、それと気付かずに、カルトにはまっていったのだ。「カルトの入り口は日常の一部」だと痛感した貴重な(?)経験だった。ヨガ教室が入り口だったオウムもそうだったのだろう。

そんなワケで、なげ~~~え楊枝、もとい前置きにつきあってくれて、ありがとう。
感謝を込めて、本題クリックして読んでね。↓ ポスト小泉候補国民的人気ナンバーワンのアベちゃんが、統一教会と仲良しっていう、ステキな情報の数々ざます。
この事実をマスコミが報道しないのも不思議だけど、
「過去のアジア諸国に対する日本の統治を侵略行為とし、特に韓国に対しては、歴史的に侵略、迫害して来たことを日本は国家的に償うべき」といういわゆる「反日」的な教義の統一協会と繋がっているアベちゃんが、なぜ一部の右の人に人気があるのかも、不思議だ~~。

●「薫のハムニダ日記」では、あべしが統一協会の合同結婚式に祝電を送ったホットな記事が読めますよ!「アベちゃんステキ」なんて言ってる奥様必読ざます!
http://hamnidak.exblog.jp/pg/blog.asp?eid=e0049842&iid=&acv=&dif=&opt=2&srl=3592823&dte=2006%2D06%2D08+17%3A04%3A00%2E000

●「カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの虚業日記」 安倍さんネタ充実してます~。http://d.hatena.ne.jp/kamayan/searchdiary?word=%2a%5b%b0%c2%c7%dc%bf%b8%bb%b0%5d

●「ウィキペディア」統一協会のページ。岸信介、安倍晋太郎、安倍晋三、三代でお付き合い?おおまかな教義についても書かれてて興味深いっす。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%9F%BA%E7%9D%A3%E6%95%99%E7%B5%B1%E4%B8%80%E7%A5%9E%E9%9C%8A%E5%8D%94%E4%BC%9A

って、↑「ウィキペディア」リンクできなくなってるよ。だからこっち↓ から入ってね。
スクロールして真ん中辺に「Wikiへのリンク」があります。必見です。
●「Hatena」統一協会
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2006年3月29日 (水)

ボリュームダウン

数年前、我が子が「なぜ私は生まれてきたの?」と聞いてきたことがあった。小さいのに、随分哲学的な問いかけをするなあと感心しつつ、「しあわせになるためだよ。」と答えた。まるで自分に言い聞かせるように。
人間には幸福になる権利がある。「シアワセでいたい」と願うのはごく自然なことだ。
私にとってのシアワセは、愛する人達が笑って暮らせる事と、バカバカしいことに没頭できる余裕がある事。

今私は幸福だ。置かれている環境に感謝したいし、私が住む場所を大事にしたい。道にゴミが落ちていれば拾うし、よその子が泣いていればどうしたの?と尋ねるし、町内の見回りなど積極的に参加している。その延長線上に日本という国土があるのなら、私はたぶん、「愛国心」(もちろんこの言葉好きじゃないけど)があるということになるのだろう。

しかし日本の外側にも、世界はある。民族や宗教、話す言葉は違っても、それぞれの国にはそこに住むそれぞれの家庭がある、そしてきっと、誰もが自分の愛する人の笑顔を望んでいる。「幸せを願う心」に国境はない。世界のどこかで悲しむ人を想像すれば、私の心も悲しいのである。

だから私は戦争に反対する。戦争は個人の幸福や築き上げてきた文化を奪うだけではない。地球を壊し環境を破壊する。エスカレートすれば、未来の地球はえらく住みにくいものになるだろう。そうなれば「勝ち」も「負け」も、無い。

少し前に現代アートの展覧会の記事を読んだ。隣り合った部屋に一人ずつ住人が居て、それぞれが音楽を楽しんでいる。片方がボリュームを上げる。するとその音が気になりだしたもう片方も負けじとボリュームを上げる。するとまた片方がさらに音量アップ、それに負けじと・・・・。が、繰り返され、最後に轟音の中で二人とも耳をふさぐ、というものだ。

今の世の中を見ていると、この風景が思い出されてならない。
気軽に音楽を楽しみたいだけなのに、なぜか轟音の中に居る。ふたたび音楽を楽しむためにはどうしたら良いのか、立ち止まって考える時期なのだと思う。

余談になるが、昔、面白い例え話を聞いた。人類は長いお箸を持っている。目の前のご馳走を口に運びたいが、箸が長すぎて食べる事が出来ない。自分だけが上手く食べようと四苦八苦しているのが地獄、長い箸でお互いに食べさせ合っているのが天国、というものだ。
単純な私はこの話が結構気に入り、「相手に食べてもらうための長い箸を持とう。」と思ったのだが、どこかの会社でこの話を「滅私奉公」の美談として取り上げて居たのを見て、「道徳というのは権力に利用されやすく出来とるものよのう。」とすこし悲しくなったのだった。

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2006年3月11日 (土)

怒れ、戦争体験者

数日前、突然「ダンナの母」(いわゆる御姑さんね。)が、「3月10日両国に行くけど、一緒にどう?」と言ってきた。
(ちなみに我が家では世間一般の「嫁VS姑問題」は皆無。それはワタシの人間が出来ているからではさらさら無く、あまり自己主張せず縁の下の力持ち的に家事をフォローしてくれる姑の人徳のゆえである。)
物静かで単独行動を好むタイプの彼女が私を誘う事はめずらしいのだが、行き先が「東京都慰霊堂」だと聞いて、二つ返事でOKした。
61年前の3月10日、東京大空襲で多くの一般人が犠牲になった事はもちろん知っていたが、その慰霊施設が両国駅近くにあるという事はその日初めて知ったのだ。

慰霊堂入り口で「東京空襲犠牲者遺族会」の人が配っているビラをもらい慰霊堂敷地内へ。小雨交じりで気温も低かった午前中、人もまばらで、並ぶ事もなく祭壇へ。焼香用の小さな火鉢が並ぶスタイルは仏式で、焼香を済まし手を合わせる姿は皆手馴れた感じがしたが、私は手を合わせたとたん体が熱くなって涙がにじんできて、そこにある魂の重みを体で感じた気がした。泣いているのを姑に悟られないようにするのに必死だったが、泣こうと思っていないのに瞬間的に出た涙は不思議だった。

表に回ると境内は広く、顕花を捧げる人、お線香をあげる人でいくぶん賑わっていた。そこであたたかい甘酒をもらい、あたりを見回した。公園ともつながっていて、広くて綺麗な場所だと思った。お寺風の建物も荘厳で、約10万体の氏名不詳の遺骨が埋葬されているとの事。この場所全体が巨大なお墓のようなものなのだ。そして、その中に私の「顔も知らない親戚たち」も含まれているのだ。

親戚と言っても、ダンナの祖父一族なので、私とは血が繋がっていない。でも私の子供にしてみれば「ひいおじいちゃん一族」になるわけだし、住んでいた場所が戦前の浅草、しかも浅草寺のごく近く、と聞けば、親しみが湧かないわけがない。写真に残るおじいちゃんは着流しに山高帽、けっこう斬新な感覚の人だったらしく、洋食屋か何かを経営していたと聞く。大正から昭和初期の浅草六区の賑わいが目に浮かぶ。
そんな愛すべき浅草の街並みを、おじいちゃんたちの生活を、一瞬にしてすべて奪ってしまった大空襲。10万人以上が犠牲になった大惨事が、わずか2時間の絨毯爆撃で起こったものとはにわかに信じがたかった。

慰霊塔のある大きな本殿からだいぶ離れた端の方に古い建物があり、そちらには殆ど人の流れがなかったが、姑が言っていた「復興記念館」というものらしかったので入ってみた。館内には、関東大震災の猛火で解けて固まったガラスや古銭、古い道具などがガラスケースに収められ、地震の記録などの書類や油絵が展示されていた。その片隅に空襲時の資料の展示場所も設けてはあったが、想像していたよりは遥かに情報が少なく無機質で、空襲の恐怖はあまり伝わってこなかった。

すると向こうで大きな声でしゃべっている爺さんがいる。「こんな、空から見たような絵ばかりで、その下で逃げ回っていた人間の苦しみの、何がわかるってんだ!知らない人には、想像出来るわけがない。火、だけじゃない、物凄く熱い突風で、女子供なんて飛ばされていったんだから。」最初は、館内で解説でもやっているのかと思ったが、そうではないらしい。私のところにも来て、「若い人がこういうところに来てくれるのは嬉しいが、こんなポスター見ても、あの下の苦しみはわかるもんじゃない。」と、言っていた。表情は笑顔の気さくな爺さんだったが、語り口には、やりきれない怒りが混じっているように感じた。

すると、近くに居た別の爺さんが、「いや、わかっているさ、わかっている人じゃなきゃ、こんなとこには、来ないよ。私だって、忘れないために毎年ここに来るんだ。わからなきゃいけないのは、ここに来ない人間だよ。」
私が「その事を、おじいちゃんお元気なうちに多くの若い人に伝えてください。」というと、悲しそうな顔をして、「こんな事言っても聞いてもらえない」とポツリと言った。
あたりを見回すと、私以外の全てがお年寄り、それも70はとうに過ぎたと思われるような人たちばかりだった。

それにしても、(私は未だ行った事のない)靖国神社には訪れる若者が多く、勇ましい戦争を肯定するかのような「遊就館」も賑わっていると聞く。美しいフォルムのゼロ戦や軍艦、心ときめかせる武勇伝や武器の数々に比べ、この記念館の展示のなんと地味な事か。私は焼死体写真ゴロゴロの展示を覚悟して来たのでいささか拍子抜けだった。これでは、戦争の悲惨な真実は若者に伝わらない。私もその場にいる老人達と同じく、焦りを感じてその場を去った。
時刻は昼を回っており、慰霊堂の前は行列が出来ていた。やはりお年寄りばかりが目立つのは平日の昼間だからだろう、と自分に言い聞かせた。

せっかくここまで来たのだからと、江戸東京博物館にも立ち寄ってみた。「江戸」のイメージが強かったのであまり期待はしていなかったのだが、近代の展示も充実しており、懐かしい昭和の建物など充分に堪能できた。
その場所でお義母さんに「戦争が終わった時、どう思いました?」ときくと、「口には出せなかったけど、ほっとしたね。もう死ななくて済むんだって思うと嬉しかった。」という答えが返って来た。
「なかには日本が負けて悲しんだ人もいるんじゃないの?」と続けて聞くと、「居たかもしれないけれど、たいていの人は喜んでいたと思うよ。」と。実は私の母も(決して左の人ではないのに)「やったー!」と思ったらしいので、これは当時の日本人の平均的な思いだったのだろう。
「天皇陛下は神様だ、って信じていました?」との問いには、「まさか。疎開先では信じてる人なんて居なかったと思うよ。でもそれを口にしたら、アカだと疑われて下手すれば拷問にかけられて殺されちゃうから、黙って従うしかなかった。みんな、死にたくないから口をつぐんでいただけ。」
「靖国で会おう」と信じて死んだならともかくも、全く信じていなかったのに信じたふりを強制させられたうえに命を投げ出さなければならなかった現実。庶民は外の「鬼畜米英」という敵のみならず、国内の「権力」という敵とも戦わざるをえなかったわけだ。

博物館の昭和の建物模型の中に、タイルで出来た用水路があった。お義母さんはそれを指差して、「そうそう。軍隊に居たおとうさん(自分の夫の事)が、浅草が空襲でやられたっていうんでおひまもらって駆けつけてみたら一面焼け野原でね。どこが自分の家かも全くわからなかった時、用水路だけが焼け残ってて、そこに自分の家の名前が書いてあって・・・。それから、死体という死体の顔を何日もかけて見てまわったけれど、焼け焦げちゃって、解るわけないよね。結局、家族も親戚も恋人も、すべて失ったんだよ。貯金もかなりあったらしいけど、そんなの証明するものなにもないしね・・・。」(全てを失った「お義父さん」は、政治への不信からか、戦後一度も投票に行かなかったそうである。その彼も数年前に他界した。)
空襲で残ったのは、父親が使っていた煙草に火をつける電熱器のコイルの部分だけだったという。それだけが今でも、我が家の仏壇の中にある。

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2006年2月26日 (日)

モノになりたくない

家庭内では、旦那とどっちが「オヤジ」かわからないほどオジサン化し、ヒゲは生えるわ手酌で日本酒だわ笑い声が常に「ガハハ」のワタクシだが、遠い昔は、人よりはやや「恋愛体質」であったらしく、好奇心も旺盛だったため、一つの恋愛パターンにはまる事もなく、自由に、(今考えるとかなり自分勝手に)くっついたり離れたりを繰り返しておった。

しかしあるときちょっと付き合った男性があっけらかんと言った言葉に、すごく恐怖を覚えてしまった。「オレは浮気はしないよ。フーゾクは行くけどね。」 私が「ほかの女の人とセックスするのって、立派な浮気じゃん。」と突っ込むと、「フーゾクの女なんて、モノみたいなもんだから。」と、けろっと答えられた。その言葉を聞いて一瞬で醒めてしまった。
嫉妬心からではない。ちょうどそれはいかりや長介の「駄目だこりゃ」のような、ふっと糸が切れてしまったかのような絶望感だった。

恋愛においては、お互いに自由だというのも、わかる。他に好きな人が出来る可能性も、否定できない。男女共に利己的な欲望や好奇心がある以上、「浮気」をする人間の存在を否定はしない。しかし、この男は「相手はモノだからこれは浮気じゃない」と、心底全く、罪悪感のかけらもなく(本当にさわやかな笑顔で)のたまったのである。私にはそれが恐かった。

私はこの時、浮気される方の「私」ではなく、浮気する相手の「名もない風俗嬢」の事を思ってしまった。彼女は生身の人間であり、考えたり恋したり、病気になったり痛かったりする存在なのだ。もちろんお仕事でやっている以上、接客中は彼女も「物」である事に徹するかもしれない。それでも、「物にならなきゃやっていられない」心がある限り「人間」なのだ。

東京大空襲の死体を目にした人の証言に、「初めて死体の山を見たときは衝撃だったが、その後幾度となく目撃していると、物にしか感じられなくなってくる。」というのがあった。同じ人の言葉かどうか定かではないが、「物だと思って事務的に片付けていた死体の中に、突然近所の人の顔を発見し、にわかに恐ろしくなった。」という話があったのも記憶している。

小学校2年生の時の先生が戦争教育に熱心で、アウシュビッツの写真集や、東京大空襲の絵本「猫は生きていた」を見せてくれた。子供心にトラウマになった。中学に入ってからも、読書感想文の課題が「黒い雨」だったり、「東京が燃えた日」だったりして、「なんでこんな暗くて恐いもの見なきゃいけないの」と思いながら読んで、不眠症気味だった。高校に入ると、今度は興味本位で原爆や空襲の写真集や画集を片っ端から手に取り、本の中に数え切れないほどの死体を目撃した。それでも、私はこれらの死体を「物」だと思うことが到底出来なかった。そして、これを「物」だと思えてしまうような状況が、ただひたすら恐かった。

つまらん男の発言と、戦争で人が死ぬ事を同列に扱うのは、かなり不謹慎かもしれない。けれど、「ヒトがモノになってしまうこと」に対する不安と恐れが、常に私の中にある。

「あれは物なんだから」「人間じゃないんだから」と認識した時点で、すべての非人道的行為は肯定される。アメリカ白人が黒人にしてきた事、ナチスがユダヤ人にしてきた事、カースト制や士農工商の最下層とされた人々にされる仕打ち。加害者は、さわやかな笑顔で、何の罪の意識もなく人を殺せるのだ。戦争が最終的に行き着くところはまさにそれであると私は思う。

だから、「戦う本能は遺伝子に組み込まれてるから仕方がない」とか、「戦争は外交の一部だ」とか、「正しい戦争だってあるんだ」などと、ふにゃけた言葉をしたり顔で口にするのはやめてほしい。加えて、軍事の知識があり、世界情勢に詳しければなおさらのこと、戦争の先に見えるものを想像できないものかと思う。

人間は、想像する事ができる。感情移入することが出来る。未来を考える事ができる。そして、それこそが、他の動物と人間との、最も大きな違いだと思っている。遺伝子など言い訳にして、浮気や戦争してる場合じゃないのだ。

ちなみに今の配偶者は全く浮気しない人。緊張感のなさゆえの我が「オヤジ化」をチョイ反省。(;^^)

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2006年2月24日 (金)

「元気なお馬鹿」宣言!!

子供会のぬる~い行事、無邪気に走り回る子らを見ていると、「ああ、こどもたちみんなたのしそうだなあ、このままでいいなあ、しあわせだなあ。」などと、春も近いせいかマッタリしてしまう。本当に、身の回りを充実させる事のみで生きていられたら、どんなにラクでシアワセか・・・。
日々真面目に主婦としての役割を果たしていさえすれば、家族はいつまでもニコニコ暮らせるものだと信じてていたのが、何だか遠い日のように思えてしまう。


ちょっと前から気になってるんだけど、
「わが子を人殺しにしたくない」とか、「戦いで人が死んでいくのは耐えられない」
という理由で「戦争反対!」って言っちゃいけないの?

「戦争はいけない!」・・・少し前まで「あたりまえ」だった事なのに、最近これを口にすると、たちまち手厳しく反論されるようになったよ。
・・・おかしくないか??? と、さすがに平和ボケの私も、思うようになったわけだ。


話は変わるけど、「お金がすべてじゃない」って使い古された言葉、偽善臭い説教に聞こえて、若い頃は大嫌いだった。
実際に超ビンボーで、所持金50円でパンの耳食ってた事もあった青春時代、自分より遥かに裕福な人が言う「お金がすべてじゃない」は、とても嘘臭く聞こえた。
「そんな理想振りかざすんなら、パンの耳だけで生活してみろ、真冬に電気もガスも止められた中で生活してみろ!」って心の中で反発してた。
だから「お金がすべて」のホリエモンが支持されるのって、何となくわかる気がした。

それと同じで、「戦争はいけない」って言葉が、あまりにも常識的で使い古されちゃったもんだから、「本当にいけないの?正しい戦争っていうのも、あるんじゃないの?」とか、「人の歴史は戦争の歴史。戦いと生存は不可分である。」とか、「戦争だって外交の一部。国益にかなっていれば必要悪」な~んて意見が、さも新常識のように大手を振って、歩き出してる気がする。

「常識を疑え!」 確かに何だかカッコイイ。

昔の人が繰り返し言ってきた道徳的なものに疑問を持つ、
教科書で当たり前に教えられていた事に疑問を持つ、
新聞やTVニュースが真実を伝えているか疑問を持つ、
疑問を持つって大事な事。でも、それがかえって事態を複雑化させて、
考えすぎる人」が、どんどん疑心暗鬼で目を曇らせてないか?
考えるのがメンド臭い人」は、どんどん安易な方向(バッシングや自己正当化など)に流れていっていないか?

骨董品じゃないけど、今私たちに求められているのは「情報の目利きになれ」って事だと思う。
信じすぎる事はもちろん危険、でも、疑っているばかりでは、本当の真実を見逃してしまう。
何が真実か、を考えた時、やはり私は「人間にとって普遍的な常識」を、基準にするしかないと思っている。

どんな理由であっても、人が人を殺しちゃいけないんだよ!
ほんとうに、単純。

だから「私は戦争をしたくない!
もし日本がこれを堂々と言えない国になってるなら、
こんな当たり前のことを堂々と言えない国なんて、おかしいんだよ!
おかしいって、気付かなきゃいけないんだよ!


私は「馬鹿でお花畑」で、良いと思ってる。
そして、「馬鹿でお花畑」って言われるのを恐れてる人にも、声を上げて欲しいと思っている。
さらには、今まで怠けていた分、これからきちっと「目利きになる修行」をしたいなあと思っている。


私たちがこれからも今までのようにまったりと生きていくために、やらなければならない事、その前に知らなければならない事が山積みなのだ。

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2006年2月16日 (木)

シンプルな答え

続きです。

昨日のブログにコメントをくださったお玉おばさんは、「常に『国』ではなくて、『人』という考え方」で世界を見ているかただと思います。お知り合いの神父様のエピソードに、「キリスト教徒にもいろいろな人がいるんだなあ~。」とあらためて感じました。

確かに!イエス・キリストの教えにもすばらしいものが沢山あります。有名な所では「汝の敵を愛せよ」とか「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」とか、「人はパンのみに生きるにあらず」とか。マザーテレサのように、絶望の底にあった人々に生きる意味を与え続けた聖人だっています。それなのに・・・今、ブッシュが神の名のもとにやっていることは、その教えとは正反対じゃないですか・・・。

ヨガやマントラを唱える修行で 人智を超えた存在 を感じる事はあると思います。それがオウムでは麻原に悪用されてしいました。

私は神社仏閣が大好きで、時間があるといろいろなお宮にお参りに行きます。家の仏壇、近所の神社、有名なお寺、神仏混合のお宮、とにかく行って手を合わせると、落ち着くのです。無病息災、家内安全、世界平和などをさらっとお願いしつつ、いまここに生かされている事へのお礼を、「見えない誰か」に伝えます。

その「誰か」は、時にはご先祖様だったり、八百万の神々だったり、ほとけ様だったり、その土地の精霊だったり、あるいは宇宙エネルギーだったりするのでしょう。目には見えないけれど私たちを見守っていてくれる名もなき「存在」、そんなものがあったらいいな~、などと思いながら手を合わせているのです。 (我ながらこのポリシーのなさには呆れます。でも、多くの日本人の宗教観って、これに近いんじゃないかと思ったりもして、それでいいのだとも思います。)

今の天皇陛下もそのご家族も、平和を愛する心をお持ちだという事がよくわかります。「国民の象徴」としての天皇陛下を愛している日本人が多い事は、自然な事です。ただ、生きている人間を「神」としてしまった戦前のやりかたに問題があったのだと私は思います。

大いなるものの存在は目に見えません。過去の歴史もその場にいなければだれも本当の事はわかりません。結局、何が正しいかなんて、誰にもわからないのです。「わからない」という事は不安です。だから、人は自分に最も合った神(あるいは仏)を「絶対」とし、自分にとって最も受け入れられる歴史を「真実」としたいのでしょう。

それぞれの人がそれぞれに信じている「何か絶対的なもの」は、真実が何か誰も知りえないのだから、決して否定できるものではありません。そういう意味で、私はイスラム教徒ではありませんが、今問題になっている風刺画については、公表すべきではないと思っています。公表を控えている日本やイギリスの対応は正しいです。

いろいろ考えていくと、何が「悪」なのかが、見えてきます。

私はお話の前半で(昨日のブログ)宗教を否定するような発言をしましたが、「宗教心を持つ事」じたいは、決して悪い事ではないのです。人類より大きなものの存在を否定する事など、誰が出来るでしょうか?そんなものはいっさい無い、という考えの方が、むしろ驕りです。(だいいち、生き物が死んでただの「モノ」になってしまうなんて、あまりにも寂しいじゃないですか・・・。)

何が「悪」なのか、それは「人を殺す事を正当化する思想」と、そういう方向に持って行こうとする一部の権力者です。世界平和のため、自由を守るため、神のため、国のため・・・美しい大義名分はいくらでも取って付けられますが、その目的のためにとる手段が戦争、殺人、侵略、テロなどの暴力行為なのは矛盾していませんか?(利用された神様は、きっと嘆いている事でしょう。)

「目的と手段は同じ」だと、どこかで聞いたことがあります。シンプルですばらしいですね。平和をうったえるのなら、その手段は平和的であるべきなのです。護憲を広めていくなら、その手段として異文化や相手を思いやる心、違う意見にも耳を傾ける余裕が必要と、自分自身にも言い聞かせています。(なかなか難しいのですけどネ。)

だから「平和主義者」のみんな! いくら崇高な目的であっても、目的を達成するための手段に、嘘や不正や人を傷つけるものが含まれていることに気付いた時、疑問を持つ勇気と、自分なりに真実を見つめる目を持ち続けてください。偉そうかもしれませんが、これは己に向けての課題でもあるのです。 (*^ ^*)

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2006年2月15日 (水)

ソボクな疑問

私が中学からみっちり6年間通ったのは、厳格なカトリックの女子校でした。思春期の多感な時期をここで過ごした事の意味は大きかった~。(^^;)

週に1回は全校生徒が講堂に集まってミサをとりおこない、朝礼では日替わりで聖歌を歌い、授業や食事の前後には十字を切って「お祈り」(もちろん教育勅語のように暗記)。「宗教」の授業では旧新約聖書を教科書に、テスト問題は心の中にまで踏み込んだ質問も多く、反キリスト教的な答えを書いていた私の「宗教」の成績はおそらく最下位に近かったと思います。おかげで教師よりも権力のあったシスターからは悪魔よばわりされていました。(マジで・・・笑)

旧約聖書からの引用

> 神は「息子イサクを山上で焼き、神に捧げよ。」とアブラハムに命じる。アブラハムは迷い苦しむものの、息子イサクを山上へ連れてゆく決意を固める。山上へ旅立つアブラハムと息子イサク。山上へ到着した後、覚悟を決めたアブラハムは祭壇上で息子イサクの喉元へ小刀を当てる。が、次の瞬間、神の言葉が響く。「お前が神を恐れる者であることがわかった」。そして神はアブラハムを祝福する。

引用終わり

結局、神はアブラハムの忠誠心を試しただけで、息子イサクは殺されませんでした。シスターは、「神のためなら実の子も生贄に捧げるアブラハムの信心深さ」を褒めたたえました。当時中学生だった私は、何とも言えない不愉快な気持ちになったのを覚えています。

これが事実なら、神様って、ずいぶん疑り深くて自己中心的な嫌なヤツじゃん!しかも「神」なんていうワケのわからない者の命令で、自分の子供を殺す事が正しい事?さらにこの話を美談だとして生徒に語っているこのシスターって一体・・・?!

それらの疑問をすべてシスターにぶちまけました。

「神様がおっしゃるなら、人殺しも正しいのです。」 と彼女は涼しい顔で答えました。失望した私は、クラスの親しい友人にこの違和感を訴えましたが、「そんなくだらない事を考えてるヒマがあったら勉強した方が良い」とたしなめられたり、「胃が痛くなるからそういう事には答えたくない」と言われたりして、まともにとりあってくれる友はいませんでした。・・・結局私は「神に対する腑に落ちない感じ」を引きずったまま卒業しました。

それから何年かたってオウム事件が起きた時、「来るべきものが来た」という感じを拭えませんでした。教祖麻原は自らを「神」と称し、ポアと言う名目で「殺人を正当化」していたからです。

私はこの構造が何かに似ていると思いました。明治憲法以降の戦前の日本、天皇が「現人神」になり、その神を信じさせられ、戦争をし、人を殺し、自らも死んでいく。それに疑問を持つ事が許されない世界。戦前の天皇制はまさしく原理主義でカルトだと直感しました。でも、それについて深く語る事はいまだに禁じられています。

今行われている戦争も、「聖戦」を掲げるイスラム教徒と「自由と正義」をタテマエに戦うキリスト教徒との戦いだと私は思っています。「正しい戦い」「平和のための戦争」・・・自分たちこそが正しいと信じ込まされて突き進む戦いに終わりはありません。このまま突き進む先に見えるのは、環境破壊か、人類の滅亡か?もういいかげん気付いてもよい頃ではないでしょうか?

つづく

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