日常会話で君が代、日の丸
● 「卒業式に君が代を歌わないだけで処分されるのは、おかしいよね~。」
当然、「うん、やりすぎだよね。」的な言葉が返って来るものと思って発した一言だったが、そのママ友達は、
「でも、卒業式の規律を乱すほうが迷惑なんだから、処分されて当たり前なんじゃない?だいたい、歌うか歌わないかでそんなにゴネてもしょうがないよ。」と当然のように仰るではないか!
「本来子供たちに規律正しさを指導しなければならない立場の教師が、自ら規律を乱すのは好ましくない。」
一見もっともらしい意見だけど、違和感を感じた私は、「でも、君が代の歌詞の意味を知れば、歌いたくない人がいるのもわかる気がするけどなあ・・・。」と、マイルドに突っ込んでみた。
するとそのお母さん、「え?歌詞の意味?何それ?」とケロリ。
問題の本質を一切知ろうともせずに、一方的な情報だけで善悪を判断する姿勢に「頭クラクラ」の瞬間だった。
教師が卒業式を乱してまで、処分されるというリスクを覚悟してまで取った行動には何か理由があるとは、思わないのかね?!
●ここでちょっと君が代の歌詞のルーツ。
今から1100年も前の「古今和歌集」の中に存在した「わが君は ちよにやちよに さざれ石の巌となりて 苔のむすまで」 読み人知らずのうただったらしい。
それが平安末期頃、「わが君は → 君が代は」という形うたわれるようになり、おめでたい場合の舞などに取り入れられ、大衆の幅広い支持を受けてきたのだそうだ。
この時点では、君=天皇とは特定されていなかったみたい。
明治時代になると、「日本にも国歌が必要」と考えた薩摩藩の大山巌らが「君が代」の古歌を選定し、1869年(明治2年)イギリス公使館の軍楽長に作曲させたのだそうだ。
雅楽っぽいアレンジで、曲もかなり古くから付いていたと思い込んでいたので、「メロディーは約140年前の英国製」だった事には少し驚いた。
明治2年といえば、戊辰戦争が終わった年で、この戦争での朝廷がたの戦死者を慰霊するために、東京招魂社(靖国神社の前身)が創建された年でもある。日本が「欧米化」に向けて突き進んでいた時代だと考えると、「作曲は英国人」というのも不思議ではないのかもしれない。「天皇制」自体が、欧米の一神教「キリスト教」をモデルにして作られているわけだし。
そして1880年(明治13年)、宮内省雅楽課の林広守らによって、現在の「君が代」の楽譜が完成されたということだ。ちなみに初演は同年11月3日の明治天皇誕生日で、この時点ではすでに「君=天皇」になっているようだ。で、1893年(明治26年)に「小学校儀式唱歌用歌詞並楽譜」において祝日大祭日の儀式で歌うこととされたのだそうだ。
戦前の国定教科書には、以下のように書かれている。
> 我が國の祝日や其の他のおめでたい日の儀式には、國民は、「君が代」を歌つて、天皇陛下の御代萬歳をお祝い申し上げます。
> 「君が代」の歌は、我が天皇陛下のお治めになる此の御代は、千年も萬年も、いや、いつまでもいついつまでも續いてお栄(さか)えになるやうに。」といふ意味(いみ)で、まことにおめでたい歌であります。
> 私たち臣民が「君が代」を歌ふときには、天皇陛下の萬歳を祝ひ奉り、皇室の御栄を祈り奉る心で一ぱいになります。
こうやって、天皇=神という「一神教的な構図」が作られていったんだね。
君が代の「君」が「天皇」とイコールになって、それとほぼ同時進行で欧米化が進み、海外に向けての戦争ばかりの歴史と共に、国民を一つにするアイテムとして登場した「君が代」。
たかが歌なのかもしれないけれど、過去にその歌が果たした役割は、やはり大きかったのだろうと思う。
だからこそ、「君が代」を、金科玉条のように敬う人がいるのと同時に、歌詞を聞いただけで拒否反応を示す人もいるのだろう。
●今度は、日の丸について。
苺に林檎にサクランボ、トマトにイクラにてんとう虫・・・「赤くて丸い」ものに何故か心癒される私は、ハードプラスティックドールにもよく似合う「白地に赤い水玉もよう」の生地が大好き。
「白地に赤ドット」、といえば、連想するのが、母が子守唄代わりに唄ってくれた「白地に赤く・・・」の歌。
日本の国旗、日の丸の歌である。
戦争中もさほど苦労した事がなく、どちらかというと「右」だった母は、「兵隊さんよありがとう」とか「君が代」なども子守唄のレパートリーとしてフツーに唄っていた。私はそれが「フツーの感覚」として育った子供だった。
だから私にとっての「君が代日の丸」は、幼少時の母との思い出の一部でしかなく、個人的には、「国旗に対するアレルギー」は、さほど無いほうの部類だった。
運動会で校庭に万国旗とかが飾られるとワクワクするし、「民族衣装」とか「イッツ ア スモールワールド」的な世界が好きな私は、日の丸のデザインも、けっこう可愛いじゃん、などと思ってしまう事がある。
日出処の天子、那須与一が射た扇の紋様、合戦の旗印など、丸い太陽のデザインの歴史は古いのかもしれないが、「国旗」としては、黒船来航以降日本の船が多くの外国船と接するようになった時、「国籍を見分ける」というような、合理的な目的で使われていたのが最初なんだと思う。
近年でも、オリンピックやワールドカップのような国際的なスポーツで、「競技中にどちらが自分の応援している国かわかりやすくするため」「自分がどの国を応援しているかアピールするため」のアイテム(シンボルマーク)として国旗を使うというのは、理にかなっている。
日本の国旗がはためくのをを見ると熱くなる人にスポーツ好きが多いというのも気のせいではないだろう。私も幼少時、オリンピックで日本が優勝したときに揚がる日の丸にトキメいたクチだ。
でも、「教科書が教えない歴史」で有名な「自由主義史観研究会」のHPによると・・・
> 国歌や国旗に対して敬意をはらわなければいけないのは世界の常識です。
> 行事や式典などで国旗が掲揚されたり国歌が斉唱される場合は、たいていは起立して敬意を表します。
> 国によっては右手を胸にあてたり軍人は額の横に手をあてて敬礼をしたりします。
・・・って、「真ん中に赤い丸がついたり青や赤で模様がプリントされてる一枚の布」に対して、ここまで「敬意」を払わなければいけない理由は何なのだろう?これって偶像崇拝じゃん、って思ってしまうのは私だけだろうか?
そう思い、戦争中の日の丸の扱われ方を少し調べてみると、検索でトップにでた「たむ・たむページ」さんの「国旗・国歌のページ」に膨大な資料が・・・!(以下一部引用)
> 「日の丸」は、外国に対しては標識・船印であったが、国内に対しては天皇制権力のシンボルとしての役割を国民に対して果たした。
> そしてそれは、1889(明治22)年の大日本帝国憲法発布ごろから、析にふれ、事にふれて強調されるようになり、日清・日露戦争のころには戦意高揚の国家スローガンとして利用された。
> その後、満州事変・日中戦争・太平洋戦争へと戦端の拡大とともに、君が代と一緒に、軍国主義・国家主義の高揚の大役を担わされるようになるのである。
> つまり日本帝国軍が、海外、特にアジアにおいて「日の丸」を先頭に武力行使を行い、占領した地域で必ず日の丸を立てたため、中国をはじめアジアの各地域では、「日の丸」を悪魔のシンポルのようにおそれ、僧んだのは当然の帰結であった。
国民に対しても、「国旗を尊重すること即ち皇室の尊崇であり、国旗を尊重すること即ち国体の擁護である」という思想が植えつけられた。
戦地へ赴く兵隊さんにいっせいに日の丸を振って、心の中の悲しみを表に出すことすら許されず、「バンザーイ、バンザーイ。」と繰り返す光景、日の丸にびっしり寄せ書きや千人針をしたものを腹に巻いて敵陣に突っ込んだなんて話も聞く。軍歌や唱歌にも日の丸を題材にしたものは多い。
日の丸を見るとその時の悲しい思い出がよみがえってしまう人、そんな悲しい戦争の思い出が、ずっと「日本の象徴」であり続けることに違和感を持つ人も少なくないだろう。
そんな風に、君が代、日の丸の歴史をふりかえってみて、
「熱心で生徒思いの先生ほどこの問題を深刻に考えてしまう」というのがわかるし、「なぜ戦争で負けたときに新しい国旗や国歌をつくらなかったのだろう?」と不思議に思う。
●よその国を見てみると
国の情勢が大きく変わった時には、国旗や国歌も変えられているし、それらへの接し方も、一部の全体主義国家を除いて、日本よりもおおらかでアバウトなようだ。(←お玉さんのところで村野瀬さんが紹介していたページです。)
話はそれるけど、昔みた「まんが日本むかし話」で、題名もわからないのに記憶に残ってる話がある。
村にあるお地蔵さんを、子供たちが首に縄をつけて引っ張ったり、上に馬乗りになったりしながら遊んでいる。それを見た大人たちが、「お地蔵さんを粗末にするでねえ!ばちがあたるで!」と叱りつけて、その後子供たちは、大人の言いつけを守ってはお地蔵さんを丁寧に扱う事になったのだが、ある日大人たちの夢枕にお地蔵さんがあらわれて、「子供たちとあそばせてくれ~。」
それで、今までどおりお地蔵さんと遊べるようになって、子供たちもお地蔵さんも大満足でめでたしめでたし、ってお話。
日の丸、君が代に対しても、このくらいおおらかで良いんじゃないかなあ?
君が代のメロディーの生みの親である英国の国歌も、「女王様」という一人の人を称えた歌詞になってる。そう言う意味では日本と似ていなくもないけれど、英国王室には日本ほどタブーがないように感じる。(英国人じゃないから断言は出来ないけど。)
1950年代には英国ぺディグリー社から、エリザベス女王とチャールズ皇太子、アン王女のキャラクタードールが出ているけど、服を脱がせたり撫でられまくったりしてぼろぼろになる可能性の高い幼児向けの人形を作らせちゃうなんて、英国王室、太っ腹だ。
パンクムーブメント時にもいろいろいじくり回されてるし、ダイアナさんは太った水着写真とか撮られちゃうし、ユニオンジャックもTシャツ、タオルのみならず、ティッシュケース、紙箱や貯金箱なんかの日常品にも使われて日本の100円ショップでも山積みされてるし、良くも悪くもノリが軽い。そしてその分愛されているような気がするのだ。
●私の好きな歌の一つに「イマジン」がある。
「この世から戦争をなくし、国境すらなくすほどの危険な音楽」なのだそうで(← ある友人からこのように紹介されて、大槻ケンヂ氏の「イマジン特攻隊」を読んだ。)確かに、アメリカやイギリスでは、歌うのを禁止している所もあるし、私を統一協会の魔の手から救ってくれたくらいまったく「危険な」音楽(爆)だ。
万一国歌が「イマジン」だったりしたら、たぶん私は嬉しい。
だけど猛反対する人たちが、当然出てくる。そしてもしその人たちに国がなんらかの強制をしたら、私は悲しい。内容以前に、国旗国歌とは、「強制」してまで敬意を払わねばならないもの、神格化しなければならないものだと、私は思わない。
「人間として、日本人として、国旗や国歌に敬意を表するのは当たり前」なんて言ってる輩がいるようだけど・・・想像してごらん。もし日本の国歌が「イマジン」で、それを歌わないと処罰されて、強制的に起立させられ、きちんと歌っているか声の大きさをチェックされる世界を・・・。
喜んで、「イマジン国歌」に敬意を払って起立する気に、なりますかね?
いくら私が個人的に「イマジン」を好きでも、もしそれが、多くの国民を強制させる道具に使われたとしたら、やっぱりイヤだな。そしたらやっぱり、「イマジン強制反対!」とか言ってるかもしれない。
もっとも、「国なんてない事を想像してごらん」って歌詞を、国が歌えと強制する事ってありえないんだけどネ・・・(^^;)
結局の所、私は「国家に何かを強制させられる」のが、イヤなんだと思う。右も左も関係ねえっ!!
そういう意味でも、今回の東京地裁の判決は、画期的だったんじゃないかな。
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